感動の再会に涙……。伝説のピアニスト、ブーニンさんのこと【ウェブエクラ編集長シオヤの「あら、素敵☆ 手帖」#50】

ピアニスト、スタニスラフ・ブーニンさんのコンサートに伺いました。ケガや闘病を乗り越えて、9年のブランクを経た後の復活コンサート。37年前の衝撃から、心が震える再会を果たしたコンサートです。
ウェブエクラ編集長 シオヤ

ウェブエクラ編集長 シオヤ

50代女性のための雑誌&ウェブメディア「エクラ」のウェブ担当編集長。155cmのアラフィー。ビューティ・小柄担当多め。鈍感肌。盛ってます。
この編集長コラムも、昨年前任の先輩からバトンタッチしてから今回で連載50回目を迎えることとなりました。みなさま、いつも拙いブログにお付き合いくださり、ありがとうございます。心から感謝しております。

さてその50回目なのですが、ぜひみなさまにも聴いていただきたい! という個人的な思い入れをもって書かせていただくことをお許しください。

エクラ世代以上の方なら、スタニスラフ・ブーニン、というお名前に覚えがある方は多いと思います。1985年に19歳でショパン国際ピアノ・コンクールで優勝し、日本でも大ブームになったピアニストです。
初来日された1986年当時14歳だったシオヤにとって、彼はまさにアイドルでした! お気に入りはUKロックとYMOだったというのに、華麗なショパンを弾く彼の大ファンに。なのに一介の中学生にはチケット入手が叶わず、コンサート会場で出待ちをしたのも懐かしい夏休みの思い出……。
ブーニン 公演の様子
旧ソ連出身で、とても遠い存在だったブーニンさんが、その後ドイツへ亡命し、日本人の奥様とご結婚されていることはなんとなく存じておりました。
しかし昨年の10月、NHKで放映された90分の彼のドキュメンタリー番組を何気なく録画し、見たところものすごい衝撃を受けたのです。

自由のない旧ソ連で音楽家として生きることが大変過酷であったこと、そこからお母さまと亡命を果たし、ドイツで出会った日本人の奥さまと日本にも拠点を置いて活動していた中、2013年から手の故障、そして脚のケガに伴う手術……と長い闘病生活をされ、9年のブランクを経て復活コンサートを行う、という内容が大変丁寧に綴られたドキュメンタリー番組でした。
番組のタイトルは「それでも私はピアノを弾く~天才ピアニスト・ブーニン 9年の空白を超えて~」というものでした。ピアノを奏でる手が動かなくなり、ペダルを踏みこむ足は切断こそ避けられたものの、手術の結果左右の長さが変わり、特注の超厚底の靴が必要となった身でリハビリをされ、杖をついてステージのピアノへ向かわれます。かつて超人的なテクニックでピアノを弾いていたブーニンさんが、まさに「それでも私はピアノを弾く」という強い意志で復活を果たされた様子を映すその番組を見て、あまりに感激したシオヤは「……行かなければ! いつか絶対にこの目と耳で復活したブーニンさんのピアノを聴きたい!」と強く思ったのです。14歳だった37年前、取れなかったチケットを、大人になった今こそゲット! と。

……が、シオヤの周りで去年10月のその番組を見た、という人は皆無。周りにクラシックファンもおらず、ぼんやりと日が経った今年の夏、友人とふとしたことから、ブーニンさんのこの番組の話になり、検索をしてみると……なんと、2023年冬のコンサートツアーが発表になっているではありませんか! しかも既に12月の東京公演は売り切れ! がーーーーん!! 出遅れました。でも1月の大阪公演はまだ少し残っていたので慌ててチケットをゲット。「ブーニン様に会える! 大阪でもなんでも行きます!!」と心ときめきながら、また番組を見直し、CDを聴きこみ、準備をしつつ、チケットのリセール登録もいたしました。
ブーニン チケット
そんな12月のはじめ、ブーニンさんの埼玉での公演のリセール案内のメールが届きました。「明日の午後、か……」と一瞬躊躇したシオヤに「絶対行った方がいいわよ! ポチって!」と一緒に韓国料理をつついていた知人に後押しされ、考える間もなくチケットをゲット。

「と、とっちゃった……ブーニンのチケット☆」と舞い上がったものの、なんだか夢のようで「本当に大丈夫なのかな……ちゃんと会えますように!」と翌日は半ば祈りながらコンサートの行われる川口へと向かいました。
コンサート会場では、開演前にパンフレットを購入して目を通しました。今回のコンサートツアーへのブーニンさんの思いを知り、なんだかもう泣きそうになります。それをグッとこらえ、開演を待ちました。
ブーニン コンサート パンフレット
大体の予定曲目は告知されていましたが、ぜひ聴いてみたい! と思っていた曲があります。有名なショパンの「雨だれ」(プレリュード 第15番)と、ドキュメンタリー番組の中でも演奏されていたシューマンの「色とりどりの小品 作品99」です。「雨だれ」は、ショパンコンクールでも演奏され、14歳だったシオヤにも力強い低音とキラキラと粒立った高音のコントラストが強い印象を残した曲。一方でシューマンはブーニンさんが9歳のときに初めて人前で演奏した思い入れのある曲、とのこと。とても優しく繊細ながら、凛とした知性も感じる曲です。さてこの2曲は演奏されるでしょうか。そしてどんな音なのでしょうか……。
ステージの上で無事にお姿を見るまで、ちょっとドキドキしていたシオヤですが、杖をつきながら登場したブーニンさんを見て、もう泣きそうになったのを告白します。とてもエレガントで、ピアノに片手をついてお辞儀される様子が、37年前に映像で見ていたお姿と同じ空気感のままだったからです。

ブーニンさんと言えば、大ブームを巻き起こした85年のショパンコンクールの演奏が今でも伝説となっていて、19歳らしい若くパワフルで華麗な演奏のイメージをお持ちの方も多いかと察します。シオヤも最近、またこの時の演奏を懐かしく聴き直していたのですが、とくに神がかった演奏の「英雄ポロネーズ」は、夢中になりすぎて、もう3回くらい電車を乗り過ごしました……。夜聴くと、アドレナリンが出すぎて眠れなくなるので、朝通勤途中に聴いていたのですが、曲にのめりこみ過ぎて電車は乗り過ごすわ、乗り換えは間違えるわ……クラシックド素人のシオヤが聴いてもそんなことになる強烈なインパクトの華麗な演奏。聴くだけで天使たちが歓喜のラッパを吹き鳴らしながら舞い降りてくるような神の領域の6分間、といいましょうか。
ブーニン ショパンコンクール CD
しかし……大病を患ったブーニンさんが今、どのような演奏をされるのか。この会場に集った多くの方々同様、シオヤも固唾をのんで耳を澄ましました。

それは、年齢を重ねて、本当に多くの経験をされてきた方が弾きだす音でした。そう書くのもおこがましく、語る言葉をもたない我が身の小ささが歯痒くもありますが、19歳のパワフルで華やかな音とはまた違う、澄んで美しく、上品で、余韻まで色がついているような、鮮やかながらも深い音でした。
聴きたかったショパンの「雨だれ」も、シューマンの「色とりどりの小品」も演奏されましたが、とくに聴きたかったシューマンの、第1曲の1音目が響いたときには……たったの1音で、ここまで心を揺さぶられたことは、おそらく半世紀生きてきてなかった、というほどの音、でした。

この37年の間、自分も大人になり、人生の経験を積みましたが「ああ、私たち元気にこうしてまた出会えて、本当に良かった!」と、勝手にブーニンさんとの再会(……というか、生身の彼を目にしたのは実に初めてなのですが)を喜び、何とも言えない思いが沸き上がってきました。それは泣けるほどの思い、ではあったのですが、最後アンコールにも応えられ、しかもそのショパンのマズルカがとても素晴らしい演奏で、それまでクールに弾き続けていたブーニンさんが立ち上がり、杖を持った両手を「バンザイ!」のようにかかげられ、満面の笑みでステージを後にされた様子がとても明るい余韻となり、心から「……よかったー!!!」とこちらまで笑顔になって会場を後にしたのです。
ブーニン コンサート 
伝説のショパンコンクールの演奏を始め、これまで発売されていた名盤がいくつかリマスターされて今月再発されたそうで、会場でも買い求める人でにぎわっていました。

実はこの日もカメラが入っていましたが、元日にはNHKで、またブーニンさんの新たなドキュメンタリー番組が放映されるそうです! どんな過酷な境遇にあってもピアノを弾き続けるブーニンさんの挑戦と、その心が震える美しいピアノの音色を、多くの方と共有したいと思います。

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