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猫沢エミ『ねこしき』ほか書店員がイチ押し!の偏愛本「書店員賞」
「読書の魅力を発信し、本を手にとる機会を増やしたい」との思いから始まった文芸エクラ大賞も今年で4回目。本の現場を誰よりも知る書店員たちの、思い入れにあふれた特別な一冊を紹介。
【50代自由になるかたちとは?】両親を見送り、50代でパリ移住を果たした猫沢エミさん
両親を見送り、やっと解かれた家族の呪縛。50代で念願だったパリ移住を果たす【猫沢エミさん(ミュージシャン、文筆家)】
「できれば、別れる前に親を許そう。これから先、清々と自分を生きていくために」
一瞬一瞬に真摯に向き合えば目ざすところへたどりつける
ずいぶん遠いところまできた──50歳という節目の年代を迎えて、そう実感する人も多いはず。そして、来し方を振り返って改めてクローズアップされるのが、生まれ育った家庭や家族のことだ。30代で渡仏し、パリの空気を伝える著書で人気を集めた猫沢エミさんもそんなひとり。’22年に再移住しパートナーと2匹の猫と暮らす50代の今、胸に去来する感慨は、常とは少し異なるものかもしれない。
「今は、凪ですね。自分の人生に、こんな穏やかな時間が訪れるなんて」
40代までに体験した人生の波乱、そのほとんどは家族に由来していた。この秋出版された『猫沢家の一族』につづられた家族の歴史は、フィクションもかくやというほどの争乱の連続。家庭内に起こりうるあらゆる問題がパッチワークされた一大サーガである。
「幼いころからよその家に泊まることを禁じられていて、ほかの家庭がどんなものか、知る機会がなかったんですよ。でもどうやらうちが普通ではないらしいということは、薄々勘づいていて」
生家は、もとは裕福な呉服店だった。精神バランスをくずしながらも根は善良な祖父と、お坊ちゃん育ちで奔放な父、そこへ嫁いだ苦労知らずの母。幼少期はかなりユニークという程度だった環境は、バブル崩壊後、父の事業が破綻したことで一気に暗転する。しだいに金の亡者と化していく両親を前に、猫沢さんは「この家から正攻法で早く出ていくにはどうしたらいいかと、とにかく考えた」という。9歳で目覚めた音楽の道を進もうとするも、高校受験には間に合わず、大学進学でようやく上京。だが卒業後にミュージシャンとして身を立てても、父と母の虚言と妄動に振り回され、その呪縛は常に影のようにつきまとった。
「母はもともと博愛精神があり、グローバルな見方もできた人。でも、嫁いだ家の狂った金銭感覚の中でモラルがおかしくなって、最後は父とともに子供たちからお金を巻き上げるだけの人になってしまった。離婚させようとしたこともありましたが、結局はもとに戻ってしまう。親であっても、そこは男と女だったんですよね」
実は猫沢さんは父の前妻の娘であり、育ての母とは血のつながりがない。そのことも一因となってか「子供のころからいつも近くにもうひとりの自分がいて、苦しんだりがんばったりする自分を俯瞰で見ていた気がする」という。20代、30代、そして40代と、自身の生きる道を模索しつづけながらエスカレートする両親の行状に対処できたのは、自身を客観視する姿勢が備わっていたからだろう。パリで再び暮らす夢をかなえることも、支えだった。
「ずっと耐えてたわけでもないんです。それなりに楽しんで生きてきて、一瞬一瞬、やらなきゃいけないことに向き合ってきた。そうしていればいつか必ず自分が行きたいところにたどりつけるはずだと。苦しさの渦中にあるときは、信じるのがむずかしかったんですけど」
いいことも悪いことも永遠には続かない
人生修業のクライマックスは40代の終わり、両親がほぼ同時期に、そろって末期がんの宣告を受けたこと。その病の受容の仕方には、はっきりと違いが表れていたという。「宣告の際こそ暴れましたが、父はいっさいの治療を拒否して2年間平穏に暮らし、最期を迎えました。一方、母は一瞬しおらしくなったけれども、最後まで混乱の中にいた。それは、彼女の人生の哲学のなさを表していたんだと思います。最後の最後は“幸せだった”といいましたが、本気じゃないだろうなと。でも、そうであっても、人はそういって死んでいくべきなんですよね」
親は個として気ままに生きる。そして子供も、生まれた瞬間から一個の人──それが、猫沢家から受けた最大の教え。「多少変な人に会っても、うちの家族よりはぜんぜん普通。キャパが広がったのはよかったかもしれないですね」と猫沢さんが笑えることも、環境が育んだ才能のひとつだろう。
「もちろん、本に書いたことは氷山の一角で、他人と共有できない家族の悩みは誰もが抱えてますよね。笑えないくらいだったら、縁は切っちゃえばいいと思います。ただ、できれば親のことは生きている間に許したほうがいいんじゃないかな。親のためじゃなく、この先の人生を清々と生きていくために。自分のために、許すんです」
いいことも悪いことも永遠には続かない。だから一瞬一瞬を精一杯生き、夢を手放さずにいれば「人生は変わるし、変えられる」と猫沢さん。この取材の少し前には、パリで窃盗にあうという災難も経験した。
「たぶん“乗り越えてさらに強くなれ”っていう両親からの贈り物だと思いますよ(笑)。そもそも、フランスという国自体が猫沢家以上に不条理に満ちたところ。でも、一歩外に出れば、誰かが愛し合ったりケンカしたりしていて、
歌う人がいれば物乞いする人もいる。そういう人間の嘘のなさを全面的に容認する社会には息苦しさがなくて、それが私には大事なこと。小さな猫沢家を出て大きな猫沢家に移り住んだ……そんな感じもしますけどね」
Q.あなたにとって自由とは?
A.喜びも怒りも悲しみも、自由に表現できること。嘘のない感情を、いつでも全面的に容認したい。
『猫沢家の一族』
猫沢エミ
集英社 ¥1,650
愛は確かにあったのだ。あんな家でも、あんな親でも――親の姿、家族のかたち、そして不屈の魂の歩みを、笑いという愛情にくるんでつづった半生の記。「ぜひ行間に自分の家族を重ねて読んでいただけたら」と猫沢さん。
猫沢エミ
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