【50代自由になるかたちとは?】50歳でフリーランスになった稲垣えみ子さんの生き方

50代は人生後半に向かって再スタートをきる時期。エクラ世代の元新聞記者 稲垣えみ子さんは、50歳で会社員生活に終止符。今後は肩書をもたないと決めた稲垣さんだが、今どのような人生を送っているのか?

50歳で会社員生活に終止符。人生後半は、肩書きをもたずに生きていく【稲垣えみ子さん(元新聞記者)】

「“もうひと花”なんて必要ない。ここまで来ただけで、十分咲いているんです」

稲垣さん1

満足を自らの手でつくり出す。家事は唯一にして最高の娯楽

記者時代からトレードマークのアフロヘア。肌になじんだ服と20年以上メンテナンスしながら履いているヒール靴で、稲垣えみ子さんはのんびりと前を歩いていく。論説委員まで務めた大手新聞社を50歳でやめた顚末を記した『魂の退社』がベストセラーとなって7年。東日本大震災を機に電気の使用や身のまわりの道具を減らし、シンプルを極めたライフスタイルをつづった著書は幅広い世代から支持を得、メディアやイベントに引っぱりだこである。

「いやいや、会社をやめてすごく活躍してますねといわれると心外で。だって基本、私の人生、下りてくモードに入ってますから。確かに今の生活にすごく満足していますが、それは本を書かせてもらっているからとかテレビに出られるからとかではなく、その全部がなくなっても大丈夫だと思えているからなんです」

なぜ大丈夫なのか? それは「自分の世話が自分でできているから」と稲垣さん。自分の世話、すなわち家事を、である。近著『家事か地獄か』で示した、日々の家事こそが幸せの自給源であるという信条には、多くの人が目から鱗を落とすのではないだろうか。

「一番好きなのはぞうきんがけ。ひとり暮らしの私の場合、床をふいたぞうきんが真っ黒になっても、それは100%自分の汚れじゃないですか。ふけば心の汚れも一緒に落とせた気がするし、リセットしてまた新しい一日を気持ちよく始められる。何のお金も動いていないのに、これって絶対に奪われることのない、最高の娯楽ですよね」

部屋をきれいにして、一汁一菜の食事を作り、最低限の衣服を整える。家族で暮らしている人にも「ひとり一家事、自分のことは自分でをルールに」と稲垣さんはいう。ことに家庭のある女性にとって、長く家族の分まで負担してきた家事は重荷でもあった。しかし、家族から手が離れ自分にフォーカスできる年代が訪れた今、逆に家事は自分を解放する力になりうると語る。

「家がそこそこ片づいていて、食べたいものを作って食べられて、着るものが適量ある。それって、幸せの基本じゃないですか。多くの人がお金を注ぎ込んでより多くのすばらしいものを手に入れようとしているけれど、毎日の生活が満たされた状態は、自分の力で簡単につくり出せるんです」

自分が得てきたものを、そろそろ世の中に返す時期

どこまで評価されたいのか。いつまで豊かさを求め続けるのか。大組織で働きながら胸にそんな疑問をくすぶらせ、50歳で思いきってレールを降りた稲垣さん。以降、一生肩書きをもたないと心に決めた。

「ただ生きているだけで十分満足できる、それが目標です。なぜかというと、人間誰でも最後はただ生きているだけの存在になるから。ピンピンコロリなんて、100人にひとりがなれるかなれないかの幻想ですよ。気力、体力を失い、敗北感と悲しみの中で死んでいく、そんな終わり方はいやだなって」

退社してほどなく、認知症の母を看取ったことも、大きなできごとだった。

「自分だっていつかこうなるんだと考えると、余分な物は増やさず、年をとるごとに暮らしを小さくしていく。家事をお守りにして、それをベースに暮らし方も収入も身の丈で設計していけば、この先もそんなに怖がることはないんじゃないかと思えました」

家事ができる自分、それを信じられたら、目の前に新しい自由が開ける。それでもまだ「もっと」を求めてしまう人は、「“自分にはこれができる”の“これ”を大きくとらえすぎているのでは?」と稲垣さんはいう。

「すごい特技をもつとか、能力を発揮して人に認められるとか、目標が過大なんだと思います。よく“まだ若いんだから、もうひと花”とかいいますが、皆さん、いろんな困難を経験しながら半世紀を生きてきたんだから、もう立派に咲いてるんですよ! 満足できないというより、満足しちゃいけないと思っているんじゃないでしょうか。常に可能性を追い求めなくてはという世のプレッシャーは、若いときはいいかもしれないけど、後半戦の人生には、ちょっと合わない」

もうひと花というなら、自らが咲くのではなくまわりに花を咲かせる人になるべきでは、と稲垣さん。解き放たれての坂の下り方は、きっとあるのだ。

「経験やスキルは自分でがんばって身につけたものでもあるけれど、実はいろんな人とのかかわりの中で育ってきたもの。だったら、これからは世間に返していくことを考えたらどうでしょう。自分が自分がと思っているうちは、まわりはライバルばかり。他人の幸せが自分の幸せ、転換するのはそこじゃないでしょうか? 肩書きはいらないけど、ひとつ目ざすとしたら“暇人”になりたい。“雨ニモマケズ”じゃないですが、助けを必要としている人がいたら“いつでも行くよ”といえるように。そんなことをしながらゼロになって死んでいく、それが自分としては現実的だし、正解に近いと思っているんです」

Q2.あなたにとって自由とは?

A.自分で自分の世話ができていること。ただ生きているだけで満たされる、そんな実感をお守りにすれば、これからなんだってできると思う。

稲垣さん2
本

『家事か地獄か 最期まですっくと生き抜く唯一の選択』
稲垣えみ子
マガジンハウス ¥1,650
“楽しく生きるって、こんなに単純なことだったの?”。道具を使わず、多くを求めず、お金をかけず実践する「ラク家事」は「自由を奪うものではなく、むしろ自由への扉を開けるもの」と稲垣さん。ノウハウも満載。

Profile
稲垣えみ子

稲垣えみ子

いながき えみこ●’65年、愛知県生まれ。’16年に朝日新聞社を退社しフリーランスに。『もうレシピ本はいらない』(マガジンハウス)、『一人飲みで生きていく』(朝日出版社)、『老後とピアノ』(ポプラ社)ほか著書多数。
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