「絵描き」という点では、彼女ほど、実感を呼び覚ますように「おてて」と「あんよ」を描ける画家はいないと思います。そして、これほど「いたいけ」を絵に表現できる人も知りません。『となりにきたこ』(習作)の男の子の背中の感じなんか、すごくよくわかる! 子どもの落書き再現も実に巧み。にじんだ水彩以前に、線の自在さがちひろの身上です。
彼女の絵を見ているときの気分は、出来のいい埴輪を前にしたときと似ている気がします。角のない柔らかさや、こちらを見るようで見ていない黒目が醸し出す、埴輪の独特の雰囲気。古拙と洗練という対極ではあるけれど、いずれもほのぼのとして幸福な人形(ひとがた)の見事な「型」を提示しています。しかもとても日本的で、しみじみ眺めていられるものです。
また、素材に依拠した表現という点でも両者は共通しています。埴輪は粗い粘土の素焼きありきで、極端な作り込みができません。また、しようともしていません。そのぶん、素焼き粘土の風合いに対して無理のないデフォルメがとても明朗に映ります。ちひろの絵も、「地」が大事。紙は意味のある余白であり、透明な色を吸って表情を生む準主役。油彩など、色面が重くニュアンスの少ない絵にちひろらしさを感じにくいのは、そのせいでしょう。躍動する線、にじむ水彩やパステル、それを受け止める紙、これらが相まって画面の生成する過程を感じられるところが魅力です。
8月8日は彼女の命日。作品の数と充実度からすると、55歳で亡くなっていたとはちょっと信じられません。作品はもちろんですが、懸命な仕事ぶりと生き方にも感じるところが多いはずですので、どうぞお出かけください。
なお、展示室出口から駅のドームに出た瞬間は、ちょっとした地獄ですのでご覚悟を。
(編集B ※内覧会にて撮影)