【『奇想の系譜』補講その1】辻先生最愛の作品はどれ?
東京都美術館の『奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド』(~4/7)が開幕しました。
美術史家・辻惟雄先生の1970年の著作『奇想の系譜』をベースにしたこの展覧会、前期の主な見所はインスタグラムのほうを見ていただくとしまして、ここでは本誌記事の「補講」に徹します。
『エクラ』3月号本誌のインタビューの中で、辻先生は、『奇想の系譜』には「"シュルレアリストの目で見た日本美術"という傾向があったかもしれませんね」という発言をされました。記事では8人の画家の紹介にかなり字数を割くため、わかりよいところでまとめていたのですが、先日、講演会に伺って「ダリみたい!」なサイン(写真2枚目)を拝見し、もともと西洋美術、それもダリなどがお好きだったという辻先生の"根っこ"のところについて、書いておくことにしました。
インタビューの際、月並みながら、「展覧会開催の記念にもし出品作から一点もらえるとしたら、どれをお選びになりますか?」という質問を先生に投げかけてみました。すると、「又兵衛じゃないしねえ…」と順に想像して挙げられたのが、幕末の浮世絵師・歌川国芳。ただし典型的な三枚続きではなく、一枚ものの『近江の国の勇婦於兼』(写真3枚目)だと仰ったから、「ええッ?」と驚いてしまいました。
一見、地味なこの作品では、西洋版画に基づく洗練された描写の馬や雲、山並みの中に、コテコテの歌川派美人の「於兼」が登場しています。国芳は、怪力の遊女・於兼が暴れ馬の手綱を踏んだらピタリと止まったという『古今著聞集』の不思議なエピソード(=当時としても昔話)を絵にするにあたって、舞台装置に異色な洋風表現を用い、そこへ当時の常識的な浮世絵美人をぶつけました。辻先生はその奇妙な取り合わせに、「解剖台の上でのミシンとこうもりがさの不意の出会い(のような美しさ)」にも似た、シュールな美を感得されたのです。
その手法は、『相州江之嶋図』(写真4枚目)にも共通しています。風光明媚な江の島が「奇岩の島」と化しているのは、そこが聖地=異界ゆえの「演出」なのでしょう。国芳は通常とは反対の海からの視点をとり、西洋の陰影表現を相当くどめに用いました(極端な遠近法もあり)。その結果、現実の光景はもちろん、お決まりの名所絵からも大きく逸脱した、怪奇性とシュールさを放つ作品に仕上がっています。
よく見ると島の左下に参詣中の人々が申し訳程度に散らされていて、少しはおかしみを誘うかもしれませんが、エアーズロックみたいに大迫力なこの江の島図…、あまり売れなかったでしょうね(笑)。
そんな泡沫的な空回りもあるにせよ、奇想の画家たちは因襲の枠を乗り越えるために、さまざまな手段を講じていました。自ら創意を凝らすだけでなく、機を逃さず中国画や朝鮮画、西洋画(銅版画挿絵や博物画など)に学んだり、あるいは白隠のような禅画(素人画)の表現に感化されたり。幕末に活躍した国芳は、西洋の刷り物をコレクションし、それをひとつの「触媒」にして、奇想に富んだビジュアルを生み出しました。ねちこい陰影や写実表現を怪奇モチーフに援用するだけでなく、洋風の描写(特にこざっぱりした風景)をスマートに画中に忍ばせる技量も持っていたところが、国芳ならではです。
「21世紀、ようやく時代が『奇想の系譜』に追いついた!」とは言うものの、辻先生の興味のありどころは、まだまだマニアック…! 国芳といえば「アクション系」と「おちゃらけ系」と決めてかかっていると、『於兼』と『江之嶋』は素通りしてしまうかも。会場では「シュールさ」を手がかりにしてご鑑賞ください。
なお、後日、【『奇想の系譜』補講その2】をお送りします。昔っから長沢芦雪ひとすじの編集Bによる、100%ひいき目の解説です。
次回はもう少し短くなる、はず。
(編集B)
美術史家・辻惟雄先生の1970年の著作『奇想の系譜』をベースにしたこの展覧会、前期の主な見所はインスタグラムのほうを見ていただくとしまして、ここでは本誌記事の「補講」に徹します。
『エクラ』3月号本誌のインタビューの中で、辻先生は、『奇想の系譜』には「"シュルレアリストの目で見た日本美術"という傾向があったかもしれませんね」という発言をされました。記事では8人の画家の紹介にかなり字数を割くため、わかりよいところでまとめていたのですが、先日、講演会に伺って「ダリみたい!」なサイン(写真2枚目)を拝見し、もともと西洋美術、それもダリなどがお好きだったという辻先生の"根っこ"のところについて、書いておくことにしました。
インタビューの際、月並みながら、「展覧会開催の記念にもし出品作から一点もらえるとしたら、どれをお選びになりますか?」という質問を先生に投げかけてみました。すると、「又兵衛じゃないしねえ…」と順に想像して挙げられたのが、幕末の浮世絵師・歌川国芳。ただし典型的な三枚続きではなく、一枚ものの『近江の国の勇婦於兼』(写真3枚目)だと仰ったから、「ええッ?」と驚いてしまいました。
一見、地味なこの作品では、西洋版画に基づく洗練された描写の馬や雲、山並みの中に、コテコテの歌川派美人の「於兼」が登場しています。国芳は、怪力の遊女・於兼が暴れ馬の手綱を踏んだらピタリと止まったという『古今著聞集』の不思議なエピソード(=当時としても昔話)を絵にするにあたって、舞台装置に異色な洋風表現を用い、そこへ当時の常識的な浮世絵美人をぶつけました。辻先生はその奇妙な取り合わせに、「解剖台の上でのミシンとこうもりがさの不意の出会い(のような美しさ)」にも似た、シュールな美を感得されたのです。
その手法は、『相州江之嶋図』(写真4枚目)にも共通しています。風光明媚な江の島が「奇岩の島」と化しているのは、そこが聖地=異界ゆえの「演出」なのでしょう。国芳は通常とは反対の海からの視点をとり、西洋の陰影表現を相当くどめに用いました(極端な遠近法もあり)。その結果、現実の光景はもちろん、お決まりの名所絵からも大きく逸脱した、怪奇性とシュールさを放つ作品に仕上がっています。
よく見ると島の左下に参詣中の人々が申し訳程度に散らされていて、少しはおかしみを誘うかもしれませんが、エアーズロックみたいに大迫力なこの江の島図…、あまり売れなかったでしょうね(笑)。
そんな泡沫的な空回りもあるにせよ、奇想の画家たちは因襲の枠を乗り越えるために、さまざまな手段を講じていました。自ら創意を凝らすだけでなく、機を逃さず中国画や朝鮮画、西洋画(銅版画挿絵や博物画など)に学んだり、あるいは白隠のような禅画(素人画)の表現に感化されたり。幕末に活躍した国芳は、西洋の刷り物をコレクションし、それをひとつの「触媒」にして、奇想に富んだビジュアルを生み出しました。ねちこい陰影や写実表現を怪奇モチーフに援用するだけでなく、洋風の描写(特にこざっぱりした風景)をスマートに画中に忍ばせる技量も持っていたところが、国芳ならではです。
「21世紀、ようやく時代が『奇想の系譜』に追いついた!」とは言うものの、辻先生の興味のありどころは、まだまだマニアック…! 国芳といえば「アクション系」と「おちゃらけ系」と決めてかかっていると、『於兼』と『江之嶋』は素通りしてしまうかも。会場では「シュールさ」を手がかりにしてご鑑賞ください。
なお、後日、【『奇想の系譜』補講その2】をお送りします。昔っから長沢芦雪ひとすじの編集Bによる、100%ひいき目の解説です。
次回はもう少し短くなる、はず。
(編集B)
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