作家・江國香織さんが描く「家族」の試練と成長とは

家族関係の変化を痛感せざるを得ないアラフィー世代。悩みは人それぞれでも、“考えさせられながら読む”小説にはそのヒントが! 新刊で家族をめぐる物語を描いた江國さんに、小説に宿る「家族とは何なのか」についてを伺いました。
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『彼女たちの場合は』

江國香織 集英社 ¥1,800

姉妹のように仲がよくていとこ同士の逸佳と礼那は、親に黙ってアメリカを見る旅へ。当初は心配するばかりのふたりの両親だったが……。少女たちの新鮮な感受性を通して、若いころにしかできない旅を描いたロードノベル。

気づかなくてもいいことに気づかされたとき、夫婦に危機が

作家の江國香織さんにとって家族の物語は“ずっと大好きで、たくさん読んできたもの”。「自分より大事な存在になりえるのが家族。その幸福と不幸が描かれた家族の話はとても豊かで、何度でも読み返したくなります」と語る。彼女自身もさまざまな家族を書いてきたが、最新作『彼女たちの場合は』で取り上げたのはアラフィー世代の家族。ニューヨーク在住でいとこ同士の逸佳(いつか)(17歳)と礼那(れいな)(14歳)が親に黙ってアメリカを見る旅に出たことで、ふた家族が心配するところから物語は始まるが、礼那の両親――潤(うるう)と理生那(りおな)の間には、不穏な空気まで漂うようになる。

「長編小説を書くときは最初に登場人物の情報、例えば性格や誕生日や身長などを細かく考えておきますが、先の展開は何も考えない。人物が勝手に動くのを待つんです。ただ礼那の家は、彼女がいない時間と空間ができると両親がうまくいかなくなるのでは、という予感がありましたね」“子はかすがい”というが、それが急になくなることは夫婦にとってひとつの試練。娘から楽しそうな手紙が届いたりしたことで理生那は落ち着いていくが、潤は行方がつかめない状態が耐えられない。現実の受け止め方が違う夫婦がお互いに抱く疑問を、エクラ読者なら理解できるのではないだろうか。「若いころは、結婚式でよく聞く“結婚したら片目をつぶって相手を見よう”というあいさつが大きらいでした。“もし自分があいさつを頼まれたら、両目を開けたまま相手から目を離すなといってやる”と思っていたくらい(笑)。
でも年を重ねるにしたがって、時には片目をつぶって見ないふりをしたり、ちょっと許したりするほうがいいのかもと思うようになった。ただ理生那のように何かがきっかけで“自分は夫を愛することはできるが信頼はできない”と気づいてしまったら、夫婦でいつづけるのは厳しいかもしれませんね」

愛があれば大丈夫とはかぎらない、愛と信頼は別ものということなのだろうか。
「愛ってわりと簡単だな、と思うんです。どうしてもわき出たりするものだし、ましてや一回家族になったりしたら、多少きらいなところがあっても気持ちが冷めても“この人と一緒にいてよかった”と感じる瞬間があるから。それに比べると信頼はむずかしい。信頼できる、できないって大きな問題だなと思います。最初は心配していた理生那が落ち着いたのも、ある瞬間から逸佳と礼那を信頼できたから。一般的に女性のほうが子供と一緒にいる時間は長いし、理生那の場合は娘との関係が密だったから、可能だったのかもしれませんが。そう考えると潤はちょっと不利ですね」

家族の中でも個は尊重されるべき。これからの時代はさらに

さまざまなできごとを経験しながら、のんびり旅を続けていく逸佳と礼那とは対照的に、理生那と潤の関係はぎくしゃくするばかり。クリスチャンではない理生那が教会に通う心情を潤は理解できないが、それは残酷なほどふたりの距離を表しているようだ。「理生那にとっては妻や母である以前の自分、一個人に戻れる場所が教会だった。キリスト教のあり方に興味と共感をもったのだと思いますが、環境によっては仏教やイスラム教でもよかったのかもしれません。一方潤は、理生那だけでなく自分のことも一個人としては考えられない。娘との関係が妻より不利なうえに、夫や父親、会社員としてしか自分を認識できない彼をちょっとかわいそうに思いました」
物語の後半、家で子供たちを待ち続けていた理生那が意外な行動に出る。それは若き日の自分を思い出すことにつながり、やがてある確信を得るが……。

「理生那と潤が昔どういう恋愛をしたかはわかりませんが、たぶんお互いや結婚について疑問をもたなかったのだと思う。理生那が潤と出会う以前まで振り返ってみたことは、それに気づくことにつながるから、夫婦にとって危険かもしれない。でも私は『いいのでは』と思います。それでもなお理生那が潤と一緒にいたいかどうかは、やってみないとわからなかったから」
逸佳と礼那の旅は、ふたりだけではなく家族にも変化と成長をもたらした。でもそれらは「旅がなかったとしてもいつだって避けられないもの」と江國さんはいう。

「成長はいいことばかりではなく、それによって失うものもあるけれど、いずれにしろ人は一カ所でとどまることはできないから。もうひとつ、いつも避けられないのが孤独。家族といても恋人といても、人にはまず尊重されるべき個性がある。それが孤独を招いたとしても、寂しいのではなく自由なんです。そういえば次のページで私がおすすめした家族の本も、個人と自由について考えたものが多くなりましたね。私自身もたびたび、個々の勝手を許す家族を書いています。家族はもともと一人ひとりを役割で認識しがちですが、ひと家族の人数が少ない今はますますその傾向が強まる可能性も。だからこそ、家族といても個人をしっかりもっていないと危険だなと思います」

これまでもさまざまな家族が登場 江國さんが描く家族小説

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穏やかで確かな家族の日常

『流しのしたの骨』

新潮文庫 ¥550

19 歳のこと子は4人姉弟の三女。彼女だけでなくおっとりした長姉も妙ちきりんな次姉も小さい弟も問題を抱えていたが、両親を含めた家族がかけがえのない居場所だった。風変わりだが幸福な宮坂家を描く。

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周囲から浮いた一族の歴史

『抱擁、あるいはライスには塩を』

集英社文庫 上・下 各¥600

東京・神谷町の洋館で暮らす柳島家。そこには3世代が同居していたが、4人の子供のうちふたりが父か母が違うなど複雑な事情があり、教育方針も独特だった。個々の成長と一族の変遷を描いた重厚な作品。

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長女の秘密が三姉妹に変化を

『思いわずらうことなく愉しく生きよ』

光文社文庫 ¥700

結婚して7年の麻子は夫からのDVを隠す主婦。結婚はしないが同棲中の治子は外資系キャリアウーマン。恋愛なんて信じないという育子は自動車教習所の事務員。犬山家三姉妹ののびやかな生き方とは。

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