大人の女が気高く生きていくための哲学書!ミシェル・オバマの『マイ・ストーリー』

世界的なベストセラー、ミシェル・オバマの『マイストーリー』の日本語版がついに登場! 常に前を向き、謙虚な姿勢で課題に取り組み続ける彼女の回顧録は、読みどころや考えさせられるポイントがたくさん。美容ジャーナリストの齋藤薫さんが、大注目の本書を読み解きます!

これは成功者の物語ではない。大人の女が気高く生きていくための哲学書である—。

ミシェル・オバマ
Photo/Getty Images

Michelle Obama

’64年1月17日、アメリカ合衆国・シカゴ生まれ。夫の大統領任期終了後も、女子教育の向上などに向けた活動を精力的に行っている。

●世界で1000万部を突破した大ベストセラー、待望の日本語版。『マイ・ストーリー』 集英社 ¥2,300

マイ・ストーリー

一方的な夫の賛美などではない、極めて冷静な回顧録

今、ハリウッドでも実話の映画化がトレンドだが、奇想天外なフィクションより、生身の人間の人生の方が人の心を動かせるということだろうか。ただ、実話にも欠点がある。わかりやすいハッピーエンドにならないことである。人生は途切れずに続いていくから…。アメリカ映画が大好きな、感動の拍手喝采で終わるドラマ作りなら、ミシェルの物語は、夫が大統領選挙に勝利し、歓喜に湧くところで終わるのだろう。でもまさに、事実は小説を越え、オバマ政権を目の敵にするトランプ氏にその座を引き継がなければいけない悲劇的な展開の中でこの物語は終わる。実際あの時は、私たちも日本で驚きと不安を共有したが、一方に、世紀の番狂わせを面白がった人もいたかもしれない。ただ本書を読み進めた先に、この現実を改めて突きつけられたら、きっと胸が張り裂ける思いがし、悔し涙を流すことになるのかもしれない。

でもそれは感情移入からでも、悲劇的な結末へのカタルシスからでもない。むしろ一方的な夫の賛美ではないこの回顧録を読むだけで、自分の中で眠っていた“何か”が目覚めるから。人はいかにして生きるべきか? まるで中学校の道徳や倫理の時間に学んだことの正解が、今更のように細胞の中に染み込んでいくからなのだ。

NYに住む日本人から、バラク・オバマがいかに“完璧な人間か”をいやというほど聞かされた経験がある。軽々しく完璧という言葉を使いたくはないが、少なくとも国を治める人間としては完璧だったとその人は言った。アメリカに合っていたか否かは別として、と。

知性の有無や人間性は、話す言葉のニュアンスで読み取れるが、語学が苦手な自分などは、オバマ演説をいくら聞いてもその人格はまるで読めず、まさに雰囲気だけで彼を捉えてきた。興奮気味なネイティブが語った彼の素晴らしさを、この本は極めて冷静な妻の分析で見事に裏付けたのだ。だからこれを読むうち、私ですら強力に覚醒できた。“正義感”という美しい感情の目覚めを覚えたのだ。
プリンストン大学時代
『マイ・ストーリー』にも収録の、ミシェルの半生をたどる写真たち。プリンストン大学時代

バラク・オバマとの出会いは果たして「強運」だったのか

1つの結論から言うならば、女の人生はある意味、パートナーで決まる。だからミシェルほど奇跡的な、人生の成功者はいないと言い切れる。バラク・オバマは、ハーバードのある教授をして「こんなに優秀な学生を教えたことがない」と言わしめるほどの伝説的な人物だったと言われる。日々本を読み漁る学者的な頭の良さにとどまらず、実践的な仕事でのスキルも、弁護士事務所に働き始めてすぐ仕上げた報告書がたちまち伝説となったほど。おまけに謙虚。そこまでの頭脳の持ち主が、さらに類まれなる愛情深さを併せ持つという男のメンタリティーをどうか想像してみて欲しい。彼は妻や娘に溢れる愛情を注ぐだけでなく、社会に対し自分が何ができるかと常に常に考え、人々の幸せを自己犠牲を強いてでも考える、もはや博愛という言葉ではすまされない真の人間愛を持った男であった。そんな男の妻になる、女にとってそれほどの達成感ってあるのだろうか。

こんな一節がある。まだ結婚前、夜中に目を覚まして、わずかに曇った表情で天井を見つめている彼に、一体何を考えているの?とたずねた。すると彼は、「世の中の所得の不平等について考えていただけさ」と照れながら言ったという。もちろんそこそこ立派な人間は社会問題を十分に気にかけてはいる。でも結局優先するのは“自分のキャリア形成”と“より良い暮らし”。しかしバラク・オバマは違った。成功の階段を登ろうとしたり、他人の進歩と自分を比べたりせず、人生という巨大で激しいレースもそっちのけで、いかなる大きな問題も自分でどうにかできるはずという、ひどく無茶にして極めて前向きな考え方を持つ男だったのだ。まぁそのくらいでなければ、アメリカ史上初の黒人大統領にまで上り詰めはしない。黒人大統領誕生! が奇跡なのではなく、バラク・オバマ自身が奇跡だったのだ。

そして女性の多くは、人も羨むパートナーとの出会いを“強運”と捉えがちだが、ミシェルにとってそれは運の良さではなく、100%必然。バラクのような男に愛されるべき全ての魅力と能力を持ち合わせた極上の女性だった。そして私たちが思い知るべき真実は、お互いの知性の高さが、実は深い深い愛情を生むこと。永遠に濃密な会話をし続けられる知性あるもの同士が、限りなく愛し合えるという、揺るがない法則をこの二人が教えてくれたのだ。
弁護士事務所で出会ったバラクと。しばらくはミシェルの実家の2階で暮らした
弁護士事務所で出会ったバラクと。しばらくはミシェルの実家の2階で暮らした

常に問い続ける女性。努力と結果が繰り返される

自慢話が書かれているわけではない。しかし、障害者にしてボイラー管理として懸命に働く父と、禅の精神のように物事に動じず、「子供を育てているのではなく、人を成長させているの」がモットーの母親のもと、貧民街で家の2階を間借りしてのつましい生活にあっても、学校の成績はオールA。名門プリンストン大学、ハーバードのロースクールを経て、ほぼ白人エリートという一流の弁護士事務所では、25歳でもうアシスタントがいた経歴は衝撃だ。そこにインターンとして現れたのがバラク・オバマだったのだ。

ミシェルもまた、ただの優秀な少女ではなかった。人はどうして朝食に卵を食べないといけないのか? そんなソクラテス的な問答を自らに課し、自分は充分な人間なのかを問い続けた。いつも脳内にも“やることリスト”が存在し、努力と結果が繰り返される。何かを達成すれば、もう次の試練に対峙してる。だから充分と思ったことはない。

社会に出ても、自分はどんな人間になるべきか、どう社会の役に立つべきか? を問い続ける日々から、個人や企業の利益のために働く弁護士に自分は向かないと思うに至り、かつて小児科の医者を目指そうとしたこともある自分の精神的ルーツに立ち戻り、病院の副院長を務めた後、若者のキャリア形成を支援する非営利団体の理事となる。
シカゴ大学病院に転職したころ
シカゴ大学病院に転職したころ
運命の流れに抵抗したのは1つだけ。政治家の妻となり、やがてファーストレディーとなることだ。この本で明快にいい切っているのは、自分の立候補は断じて「ない」ということ。自分は政治が嫌い。未だに嫌いであること。だから夫が大統領になった時にまずしたのは、ホワイトハウスの庭を農園にすることと、子供たちをあくまで普通の感覚で育てることだった。自分は何より普通の良い母であろうとしたのだ。

ただ人々が自分の発言よりファッションを重視しているらしいこと、ショートパンツ姿を隠し撮りされ、品がないとバッシングを受けることに、落ち込むこともしばしばだった。でもこの状況さえ成長するチャンスと考え、黒人大統領の妻として、周りが見劣りしない程度に自分が目立ち、周囲に溶け込みながらも埋没しない黒人女性の装いを模索した。高級すぎても、逆にカジュアルすぎても批判される。だから、マイケル・コースの高級スカートにGAPのTシャツを合わせるという、時代のトレンド、ミスマッチを自ら生み出し、大型スーパーの服を着た次の日に、ダイアン・フォン・ファステンバーグのドレスを着た。根底に洗練がある人なのだろう。バランス感覚こそが命という絶対の法則に自ら気づき、そして好感度を高めていったのだ。
公務中。ハグは「シンプルにつながり合う手段」
公務中。ハグは「シンプルにつながり合う手段」

「大人の女性」を形作るあまりに尊い手引書だ

ある日、選挙戦でのスピーチの映像を、音声を消した状態でコンサルタントに見せられた。アメリカが直面している苦悩や医療保険制度の問題など、深刻なテーマばかり取り上げる自分の表情は、険しくこわばっている。相手陣営が「カンカンに怒っている怖い女」と世間にアピールした理由を悟るのだ。

今振り返れば、いつも満面の笑顔だった印象しかない。努力と結果を繰り返す人は、ファーストレディーという数奇な運命を得て、とてつもない進化を遂げたのだろう。すでに充分に完成している女性が、なおも進化していくすさまじいドラマがここにある。どんな些細な事でさえ、国民が納得する自分でいなければいけないという正解探し。それは、限界まで物事がよく見えている「大人の女性」が作られていく手引書として、あまりにも尊い内容だ。

にもかかわらず『マイ・ストーリー』は“あってはならない国民の選択”という悲劇で幕を閉じ、人生の不可解さを見せつける。ただ逆に、実話ゆえにそこでは終わらない。自らを犠牲にしても、心底社会の平和を考える戦友のような夫婦は、決して諦めはしないのだ。今日も二人、この上なく前向きな議論を繰り返しているのだろう。自分たちに今、何ができるのか? これは成功者の物語ではない。心を洗い整え、気高く生きていくための哲学書である。
娘・マリアの誕生日を祝うキュートな家族写真
娘・マリアの誕生日を祝うキュートな家族写真

特別寄稿

美容ジャーナリスト齋藤 薫

美容のみならず、女性の生き方や精神性にまつわる記事を数多く執筆。近著に『キレイはむしろ増えていく。 大人の女よ! もっと攻めなさい』(集英社インターナショナル)。

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