【市川團十郎インタビュー】市川團十郎47歳。今、絶対見ておくべき理由

團十郎の舞台が今、すごいことになっている。「5月の弁慶を見て自然に涙が出た」「今このときに向かってすべてを調整してきたと思わせる素晴らしい完成度」。歌舞伎座の内外ではもちろん、SNSでも最近こんな感想によく出会う。市川團十郎、47歳。キレッキレの鋭い印象はいつのまにか「頼もしさ」に、そして見たものを燃やし尽くすかのような勢いある目力にはいつしか温かさが宿っている。今や目じりのしわまでが優しげだ。かと思えば舞台から放たれるオーラは常に別格。にらまれたらそれだけでもうエネルギーがわいてくる。私たちにはマチュアな進化を遂げつつある團十郎さんの歌舞伎が必要だ!歌舞伎界の真ん中を生きる團十郎さんが、歌舞伎への思いを真摯に語ってくれた。
市川團十郎47歳
photo by SAKIKO NOMURA
――五月の歌舞伎座『勧進帳』を拝見したとき、團十郎さんの武蔵坊弁慶が幕外で一礼するところで右脳を直撃される感動がありました。ピュアなエネルギーと包容力がすごかったです。
市川團十郎(以下、團十郎) 弁慶は、22歳のときに初役で勤めました。祖父(十一世市川團十郎)や父(十二世市川團十郎)、そして先輩がたのすばらしい弁慶にとにかく憧れ、紆余曲折ありつつも、ひたすらその憧れの弁慶に向かって走り続けてきた二十数年。先ごろ確かに急にいろいろと「ととのい出したな」と感じたんです。こだわりがなくなり肩の力が抜け、逆に男らしく感じていただけたのかもしれません。
――歌舞伎を初めてご覧になるかたにこそ、成熟度を増した今の團十郎さんを見てほしいと思いました。

團十郎 そのように見ていただけたのだとしたら、うれしいです。これまで築き上げられてきた伝統には、それぞれの作品や役としての型やルールがあります。だからこそ、それらを学び身につけたうえで、あえて一度まっさらな状態にし、そこに役の性根や魂を入れたい。難しい作業ではありますが、少しずつ自分が理想とする役との向き合い方に近づけている感覚もあります。
市川團十郎47歳
photo by SAKIKO NOMURA
團十郎家には、『勧進帳』や『暫』など團十郎家ゆかりの演目を集めた「歌舞伎十八番」がある。七世團十郎が制定したもので、他にも『鳴神』や『毛抜』など英雄が大活躍するスケールの大きい内容が多い。そして今につながる近代の歌舞伎の名優・九世團十郎が、主に能狂言から題材を得た舞踊(「松羽目物」)や活歴物などの演目をまとめたものが「新歌舞伎十八番」。だが中には近年ほとんど上演されなくなった演目も。團十郎さんは父・十二世團十郎の遺志を受け継ぎ、こういった演目をいくつも復活上演させてきた
――團十郎さんには「新・新・歌舞伎十八番」を作ろうなんていう構想はありますか。
團十郎 必要な時期が来たら考えるかもしれませんが、今はまず歌舞伎の今後、そして日本の未来を真剣に考える時期だと思っています。先人たちも「どうしたら歌舞伎にお客様が入ってくれるだろうか」と常に考えていたと思いますが、歌舞伎そのものの未来、日本という国の未来をここまで考えることは、今の時代に生きているからこそではないでしょうか。
――それを考えるのも十三代目市川團十郎白猿の使命のひとつなのでしょうか?
團十郎 考えざるをえないところもあります。新型コロナ以降は特に、昔ならば10年かけていたことが3カ月くらいのスピードで変わってしまう。何が起こっても不思議ではない。そのことを念頭に、とにかく今は團十郎として目の前の舞台に集中する。そして、様々な可能性を含む未来に対応できるようにも考えています。
――まさにその”目の前の舞台”、七月大歌舞伎の昼の部では「新歌舞伎十八番」から四つの演目が一挙に上演されます。なかでも『船弁慶』に登場する平知盛は亡霊ですね。同じ平知盛でも、『義経千本桜』では亡霊を装って源義経を襲い、巨大な碇を体に巻きつけ海に飛び込むという壮絶な最期を遂げます。歌舞伎が描く平知盛、とにかく生きざまがすさまじくてカッコよすぎます。
團十郎 演目によって知盛はイメージが異なりますよね。千本桜(『義経千本桜』)の知盛は、もはや別人格が形成されている気がします。『船弁慶』の知盛のほうが亡霊とはいえ平家の武将らしさはあるかもしれない。どちらの役も、私からすると「カッコいい」というより太い男、骨格のしっかりした男という印象なんですよね。
――なるほど。太い男、なんですね。
團十郎 その時代に、滅びゆく平家の武将として生きる男の象徴だなと思うんです。このときは源義経が源平合戦の勝者かもしれませんが、中長期で見ると義経も鎌倉幕府から追われてしまう。源氏もその後滅びるわけです。例えば織田信長ほどの男でも重臣・明智光秀に討たれる。ある時間軸でみると勝者と敗者は存在するけれど、長い目でみれば結局みな平等だなと。それは現代にも共通することで、そのことを素直に理解することが大切ではないかなと思っています。
市川團十郎47歳
photo by SAKIKO NOMURA
――突然ですが、年齢を重ねていくことでの変化はあるものでしょうか。例えば「あれ、この隈取、最近描きやすいなあ」などの変化はあるものなんですか?
團十郎 そういうことが増えましたね。「昔はここの線を描いていたけど、今はいらないな」と感じることもあるし。慣れてきたというのもあるのでしょうが、どんどんシンプルになっている。歌舞伎の隈取は、紅は正義や力、藍が悪、茶色はこの世の者ではない存在と区分けされているので、年齢とともに引き算したほうがバランスがよくなるのだと思います。
――エクラの読者も團十郎さんと同世代~50代を迎えた女性たちが多く、今まさに心身の変化を感じている年代です。例えば寝つきが悪いとか疲れが取れないとか。
團十郎 私が最近習慣にしているのは、朝のお灸。肺機能、肝臓、腎臓、心臓、胃などのツボを順番に行うと、リズムができるんです。ふだん無理していることが蓄積されて調子が乱れると思うので、規則正しい食事など自分のルーティンをつくることを大切に。好きなときに好きなものを食べて「甘いものは別腹」と生活していると、調子も崩れてしまうかな、と。
――先ほど「ととのい出した」とおっしゃいました。役者としてそういうフェーズになってきたなと感じていますか。
團十郎 様々な経験を重ね、先輩方のようにそれが年齢と共に色気につながっていくのかなとも思います。そして、自分が教わってきたことをこれからの世代の人たちに継承するフェーズにも入ってきていると感じています。
<公演情報>
松竹創業百三十周年を寿ぐ2025年の七月大歌舞伎。昼の部では、現代につながる近代歌舞伎の礎を築いた九世市川團十郎が制定した「新歌舞伎十八番」から、これまで例のない四演目の一挙上演。『船弁慶』では静御前/新中納言平知盛の霊を、また『紅葉狩』では、更科姫実は戸隠山の鬼女を、團十郎が勤める。夜の部は、映画やドラマでもおなじみ、劇場版第二弾となる『鬼平犯科帳』と、幻想的な舞踊『蝶の道行』。●7/5~26、歌舞伎座、問℡0570-000-489
『船弁慶』ポスター
『船弁慶』/「源義経を軸にくり広げられる舞踊劇です。恋人の静御前の別れの舞踊と、敵である平知盛の亡霊の憎しみを描きます。唐織という能由来の衣裳を着けますが、私の場合典型的な男性骨格なので帯を胸元で締めるのがほんとに苦しい。」(團十郎さん)
『船弁慶』ポスター
『紅葉狩』/「妖艶で気品ある更科姫から徐々に鬼女に変わっていく。そんなところも見ていただきたい。今回『船弁慶』でも『紅葉狩』でも女方から亡霊や鬼女に変化する役なので、久しぶりに皆さんに私の女方をご覧いただきます」(團十郎さん)
いちかわ・だんじゅうろうはくえん●77年生まれ。十二代目市川團十郎の長男。83年5月歌舞伎座『源氏物語』の春宮で初御目見得。85年5月歌舞伎座『外郎売』の貴甘坊で七代目市川新之助を名のり初舞台。04年5月歌舞伎座『勧進帳』の富樫ほかで十一代目市川海老蔵を、22年11、12月歌舞伎座で十三代目市川團十郎白猿を襲名。大河ドラマ『武蔵 MUSASHI』、時代劇ドラマ『仲蔵狂乱』、映画『利休にたずねよ』などで主演。
撮影/野村佐紀子 取材・文/五十川晶子
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