「私は、田舎のズールー族だけが暮らす村で育ちましたから、アパルトヘイトによる弊害を感じたことはありませんでした。むしろ、大学入学後、大学そのものがアパルトヘイトでした」。学内での人種差別や好奇の目。だが、一番つらかったのは、言葉が通じないことだったという。南アフリカの公用語は、オランダ語から派生した“アフリカーンス”という言葉。オランダからの入植者が多かったため、この言葉が生まれたという。彼女が育った村では使われていなかったため、入学式の案内書も、学内の掲示板もまったく読めなかった。そこで彼女は一念発起し、大学に掛け合い、言葉を学ぶためのテューターをつけてもらいながら、懸命に課題に取り組んだという。もし、ここですべてを投げ出してしまえば“元の黙阿弥”、彼女に未来はない。ヌツィキさんは歯を食いしばって頑張った。
初めてワインを飲んだのは、大学入学後、奨学金プログラムのリクルーター宅に招かれた時のことだ。「品種は忘れてしまいましたが、飲んだ赤ワインは渋くて、正直、おいしいとは思えませんでした(笑)」。
その後、夏休みにはワイナリー「デルハイム」でインターンとして働くようになり、本格的にワインに親しんでいった。生来の探求心の深さから、ワインづくりを学ぶにつれて、次第にワインへの理解を深め、自身がワインを楽しめるようになっていった。ワイナリーの人々にも溶け込み、ようやく未来が見えてきたという。