ポラリスと聞いて「あ、北極星のことよね」と思ったあなたはもしかして『冬のソナタ』を見てました?
この小説の「ポラリス」は新宿二丁目に開店して15年になるレズビアンバーの店名だ。李琴峰『ポラリスが降り注ぐ夜』はこのバーに集う7人の女性を主人公にした7編の連作短編集である。十人十色というけれど、この7人は本当に、見事に七人七色。国籍も母語も仕事も東京に来た理由も、そしてセクシュアリティも。
愛する女性が男と結婚してしまい、失恋の痛手を癒そうと出会い系掲示板に投稿したものの、出会った相手に「甘えてるだけでしょ」と一蹴される23歳(「日暮れ」)。学生や市民が国会を占拠した「ひまわり学生運動」に親友とともに参加するも、同性愛者の権利を求めるレインボーフラッグを掲げたことで運動から排除された台湾の女性(「太陽花たちの旅」)。ともにレズビアンの物語だ。
これだけでもかなりドラマチックなのだけど、LGBTのひと言では括れぬセクシュアリティもあることを教えてくれるのはAセクシュアルの女性を描いた「蝶々や鳥になれるわけでも」だ。
Aセクシュアルとは「恋愛感情をもたない」ことで、中国人留学生の蘇雪(スーシュエ)の場合はそれだった。好きになるという感情が理解できない蘇雪。人に打ち明けても〈それはまだいい人に出会えてないからだよ〉。誰かに好かれそうになるたびに逃げ、誰にも好きになられないよう髪を短く切って暮らしてきたのに、ある日、同じ中国人のバイト仲間・士豪(シーハウ)に告白された。君が好きだ、付き合ってくれ。
固まる蘇雪。周囲は〈彼は貧乏ではあるけど、なかなか勤勉な好青年だぞ〉などと無責任にけしかける。正直に話すしかなかった。〈ごめん、私は恋愛に興味がないんだ〉。すると士豪はいったのだ。〈ふざけんなよ〉〈そんな言い訳をするくらいなら、もっと正直に、貧乏とは付き合えないって言ってくれた方が清々するよ〉。
そうだよね。理解してもらえないよね。同じようなせつなさを、7人の主人公はみんな抱えて生きてきた。うちひとりはポラリスの店主・北星夏子である。
新宿二丁目はアジア最大のゲイタウン。女性が集える店は極端に少ない。その事実を〈歴史の中で、いつだって女は男の影にいる。戦争の歴史も、経済成長と破綻の歴史も、同性愛者の歴史でさえも〉と夏子は思う。でも、だからこそ〈「彼ら」とは違う「わたし」の、「わたしたち」の歴史も、この地にはきちんと刻まれるべきだ〉。
読み進むにつれ、ふーっとため息が出たり、おおーと叫んだりしたくなること必至。「冬ソナ」の記憶も塗り替える恋愛小説。世界の見え方が少し変わるかもしれない。