気鋭の台湾人作家が描く、7人7色の愛の物語【斎藤美奈子のオトナの文藝部】

李 琴峰『ポラリスが降り注ぐ夜』の「ポラリス」とは、新宿二丁目に開店して15年になるレズビアンバーの店名のこと。この小説は、バーに集う7人の女性を主人公にした7編の連作短編集。国籍も仕事も東京にきた理由もセクシュアリティも見事に“七人七色”の彼女たちを主役に展開するストーリーの魅力を、文芸評論家・斎藤美奈子さんがご紹介。
斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『文章読本さん江』『趣味は読書。』『名作うしろ読み』『ニッポン沈没』『文庫解説ワンダーランド』『日本の同時代小説』ほか著書多数。
『ポラリスが降り注ぐ夜』李 琴峰

ポラリスが降り注ぐ夜

李 琴峰

筑摩書房 ¥1,600

ポラリスという店名は店主の北星夏子の名前に由来する。夏子自身、バブル崩壊後の就活中に偶然新宿二丁目に足を踏み入れ、レズビアンであることを自覚。恋に破れて日本を脱出した経験をもつ素敵なお姉さんである。ほかにも男性から女性になったトランスジェンダーの台湾人、ポラリスでバイトをしながら二丁目の歴史を調べる女子大生などが登場。台湾、中国、日本と多国籍なアジア人女性が交錯する世界は李琴峰ならではだ。

気鋭の台湾人作家が描く、7人7色の愛の物語

ポラリスと聞いて「あ、北極星のことよね」と思ったあなたはもしかして『冬のソナタ』を見てました?

この小説の「ポラリス」は新宿二丁目に開店して15年になるレズビアンバーの店名だ。李琴峰『ポラリスが降り注ぐ夜』はこのバーに集う7人の女性を主人公にした7編の連作短編集である。十人十色というけれど、この7人は本当に、見事に七人七色。国籍も母語も仕事も東京に来た理由も、そしてセクシュアリティも。

愛する女性が男と結婚してしまい、失恋の痛手を癒そうと出会い系掲示板に投稿したものの、出会った相手に「甘えてるだけでしょ」と一蹴される23歳(「日暮れ」)。学生や市民が国会を占拠した「ひまわり学生運動」に親友とともに参加するも、同性愛者の権利を求めるレインボーフラッグを掲げたことで運動から排除された台湾の女性(「太陽花たちの旅」)。ともにレズビアンの物語だ。

これだけでもかなりドラマチックなのだけど、LGBTのひと言では括れぬセクシュアリティもあることを教えてくれるのはAセクシュアルの女性を描いた「蝶々や鳥になれるわけでも」だ。

Aセクシュアルとは「恋愛感情をもたない」ことで、中国人留学生の蘇雪(スーシュエ)の場合はそれだった。好きになるという感情が理解できない蘇雪。人に打ち明けても〈それはまだいい人に出会えてないからだよ〉。誰かに好かれそうになるたびに逃げ、誰にも好きになられないよう髪を短く切って暮らしてきたのに、ある日、同じ中国人のバイト仲間・士豪(シーハウ)に告白された。君が好きだ、付き合ってくれ。

固まる蘇雪。周囲は〈彼は貧乏ではあるけど、なかなか勤勉な好青年だぞ〉などと無責任にけしかける。正直に話すしかなかった。〈ごめん、私は恋愛に興味がないんだ〉。すると士豪はいったのだ。〈ふざけんなよ〉〈そんな言い訳をするくらいなら、もっと正直に、貧乏とは付き合えないって言ってくれた方が清々するよ〉。

そうだよね。理解してもらえないよね。同じようなせつなさを、7人の主人公はみんな抱えて生きてきた。うちひとりはポラリスの店主・北星夏子である。

新宿二丁目はアジア最大のゲイタウン。女性が集える店は極端に少ない。その事実を〈歴史の中で、いつだって女は男の影にいる。戦争の歴史も、経済成長と破綻の歴史も、同性愛者の歴史でさえも〉と夏子は思う。でも、だからこそ〈「彼ら」とは違う「わたし」の、「わたしたち」の歴史も、この地にはきちんと刻まれるべきだ〉。

読み進むにつれ、ふーっとため息が出たり、おおーと叫んだりしたくなること必至。「冬ソナ」の記憶も塗り替える恋愛小説。世界の見え方が少し変わるかもしれない。
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『独り舞 』李 琴峰

『独り舞』

李 琴峰

講談社 ¥1,600

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『流(りゅう)』 東山彰良

流(りゅう)

東山彰良

講談社文庫 ¥880

台湾出身の人気作家といえばこの人。’68年台湾生まれ。5歳まで台北で暮らし、9歳で来日した。’15年に直木賞を受賞したこの作品は、台北に住む17歳の高校生が、戦時中に惨殺された祖父の謎を追う物語。青春小説と歴史小説が合体した壮大なスケールで話題になった。

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