朝ドラ『エール』のモデルになった、音楽を愛する夫婦の物語【斎藤美奈子のオトナの文藝部】

3月末にスタートしたNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)『エール』の主人公・古山裕一のモデルとなった古関裕而。現在書店には、朝ドラの効果もあって裕而と妻の金子に関連した本が山積みに。そんな類書の中でもひときわリーダブルでおもしろい『金子と裕而 歌に生き 愛に生き』の魅力を、文芸評論家・斎藤美奈子さんに語っていただきました。
斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『文章読本さん江』『趣味は読書。』『名作うしろ読み』『ニッポン沈没』『文庫解説ワンダーランド』『日本の同時代小説』ほか著書多数。
『金子(きんこ)と裕而(ゆうじ) 歌に生き 愛に生き』五十嵐佳子

『金子(きんこ)と裕而(ゆうじ) 歌に生き 愛に生き』

五十嵐佳子

朝日新聞出版 ¥1,500

阪神タイガースの応援歌『六甲おろし』や’64年東京五輪の『オリンピック・マーチ』で知られる古関裕而の妻は、オペラ歌手を志す女性(朝ドラのヒロインにぴったり!)だった。結婚前から結婚後までのふたりが交わした手紙のほか、金子が愛唱した歌曲や裕而が作曲した歌の歌詞などもたっぷり盛り込んだサービス満点の評伝小説。「歌に生き 愛に生き」という副題もプッチーニのオペラ「トスカ」のアリアに由来する。

朝ドラのモデルになった、音楽を愛する夫婦の物語

古関裕而。本名は勇治。3月末にスタートしたNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)『エール』の主人公・古山裕一のモデルである。朝ドラの威力はすごくって、裕而と妻の金子に関連した本が書店には山積みだ。

五十嵐佳子『金子と裕而 歌に生き 愛に生き』は、そんな類書の中でもひときわリーダブルでおもしろい一冊だ。設定はドラマと少し異なるものの、史実に近いのはこっち。妻・金子の半生を描いた小説仕立ての評伝である。

1912(明治45)年、内山金子は7人きょうだいの4番目として愛知県豊橋市に生まれた。金子は少女時代から歌手に憧れていたが、軍用の馬蹄などを扱っていた父は、金子が小学6年生のときに他界。女学校に通う金子も家業を手伝わざるをえなくなる。

そんな折、金子は新聞である記事を見つける。〈無名の青年の快挙国際作曲コンクール入賞 福島県の古関勇治くん〉。古関青年は銀行勤めの会社員。独学で音楽を学び、フルオーケストラによる舞踏組曲でイギリスの作曲懸賞コンクールに入賞したという。興奮した彼女は手紙を書く。

〈私はオペラ歌手を目指して声楽を勉強している者です。音楽学校で正式に学びたいという希望を持ち続けてきました。けれど、家の事情もあり、今は働きながら、週に一度、地元の音楽の先生の元に通い、勉強しています〉〈『竹取物語』は舞踏組曲だそうですが、歌はないのでしょうか〉〈もし歌が入っていれば、ぜひ貴方の作られた歌曲を歌ってみたいのです〉

大胆不敵。やるじゃん金子! しばらくして返事がきた。

〈私のような無名の作曲家を信頼してくださいます貴女。/私と同じような境遇にある貴女。/お互いに、万難を排して、目的の貫徹を期して進んでいきましょう〉

こうしてふたりは文通だけで恋に落ち、半年後には結婚するのだから、まあ朝ドラにもなるわよね。

もっともふたりの結婚生活は必ずしも平穏ではなかった。満を持して東京で生活を始めるも楽譜はなかなか採用されないし、ようやくコロムビアレコード専属の作曲家になるもヒット曲が出ない。やがて日本は日中戦争に突入し、初めてヒットしたのは『露営の歌』。歌詞とメロディーを聞けば誰もが知る有名な軍歌である。勇治という勇ましい名を筆名に変えたほどなのに、彼の名声は軍歌なしには語れないのだ。一方、結婚後、帝国音楽学校声楽部本科に入学した金子も、出産後は学校を続けるのがむずかしくなる。

さて、この後、ふたりはどうなるのか。夫を支える妻としてだけでなく、自らの可能性も追求しつづけた金子。ドラマはドラマ。本は本。大正・昭和を生きた知られざる一女性の物語として楽しみたい。
《あわせて読みたい!》
『古関裕而 流行作曲家と激動の昭和』刑部芳則

『古関裕而 流行作曲家と激動の昭和』

刑部芳則

中公新書 ¥880

こちらは古関裕而その人の評伝。古関裕而(勇治)は1909(明治42)年、福島市に生まれた。少年時代から作曲家を志し、20歳で内山金子と結婚。戦時歌謡で頭角を現し、生涯で5,000以上の曲を作曲した。自身も戦地に赴くこと多数。戦中戦後の歌謡曲史としても興味深い。

『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』 村岡恵理

『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』

村岡恵理

新潮文庫 ¥750

実在の女性をモデルにした朝ドラは原作もおもしろい。本書は翻訳家・村岡花子の生涯を描き、’14年に放送された「花子とアン」の原案となった本。著者は村岡花子のお孫さん。のちに結婚する村岡儆三(ドラマでは英治)と花子は当初不倫関係にあったなど、史実はドキドキだ。

  • '64年の東京オリンピックが舞台のミステリ【斎藤美奈子のオトナの文藝部】

    東京オリンピック・パラリンピックを控え、なんだか浮き足立っている東京。だが、その陰では報道されない事実も多い。古くからの住人が強制退去させられた都営霞ヶ丘アパートもそのひとつ。森屋明子『涼子点景1964』は、その都営霞ヶ丘アパートの周辺が舞台となっている一冊。ラストまで一気読み確実の良質なエンターテインメント小説の魅力をたっぷりご紹介。

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