古関裕而。本名は勇治。3月末にスタートしたNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)『エール』の主人公・古山裕一のモデルである。朝ドラの威力はすごくって、裕而と妻の金子に関連した本が書店には山積みだ。
五十嵐佳子『金子と裕而 歌に生き 愛に生き』は、そんな類書の中でもひときわリーダブルでおもしろい一冊だ。設定はドラマと少し異なるものの、史実に近いのはこっち。妻・金子の半生を描いた小説仕立ての評伝である。
1912(明治45)年、内山金子は7人きょうだいの4番目として愛知県豊橋市に生まれた。金子は少女時代から歌手に憧れていたが、軍用の馬蹄などを扱っていた父は、金子が小学6年生のときに他界。女学校に通う金子も家業を手伝わざるをえなくなる。
そんな折、金子は新聞である記事を見つける。〈無名の青年の快挙国際作曲コンクール入賞 福島県の古関勇治くん〉。古関青年は銀行勤めの会社員。独学で音楽を学び、フルオーケストラによる舞踏組曲でイギリスの作曲懸賞コンクールに入賞したという。興奮した彼女は手紙を書く。
〈私はオペラ歌手を目指して声楽を勉強している者です。音楽学校で正式に学びたいという希望を持ち続けてきました。けれど、家の事情もあり、今は働きながら、週に一度、地元の音楽の先生の元に通い、勉強しています〉〈『竹取物語』は舞踏組曲だそうですが、歌はないのでしょうか〉〈もし歌が入っていれば、ぜひ貴方の作られた歌曲を歌ってみたいのです〉
大胆不敵。やるじゃん金子! しばらくして返事がきた。
〈私のような無名の作曲家を信頼してくださいます貴女。/私と同じような境遇にある貴女。/お互いに、万難を排して、目的の貫徹を期して進んでいきましょう〉
こうしてふたりは文通だけで恋に落ち、半年後には結婚するのだから、まあ朝ドラにもなるわよね。
もっともふたりの結婚生活は必ずしも平穏ではなかった。満を持して東京で生活を始めるも楽譜はなかなか採用されないし、ようやくコロムビアレコード専属の作曲家になるもヒット曲が出ない。やがて日本は日中戦争に突入し、初めてヒットしたのは『露営の歌』。歌詞とメロディーを聞けば誰もが知る有名な軍歌である。勇治という勇ましい名を筆名に変えたほどなのに、彼の名声は軍歌なしには語れないのだ。一方、結婚後、帝国音楽学校声楽部本科に入学した金子も、出産後は学校を続けるのがむずかしくなる。
さて、この後、ふたりはどうなるのか。夫を支える妻としてだけでなく、自らの可能性も追求しつづけた金子。ドラマはドラマ。本は本。大正・昭和を生きた知られざる一女性の物語として楽しみたい。