谷川俊太郎×山本容子「人生に、もっと詩と絵と遊び心を。」【エクラ新年1月号特別対談〈後編〉】

エクラ2022年1月号のカレンダー付録は、谷川俊太郎さんと山本容子さんの豪華Wネーム。それを記念しての対談は、コラボレーションのきっかけに始まり、年の重ね方の秘訣まで話題豊富。山本さんが愛する谷川さんの詩とともに、お楽しみください。今回は前後編の後編です。
山本容子(やまもとようこ)

山本容子(やまもとようこ)

銅版画家。’52年埼玉県生まれ。’78年、京都市立芸術大学西洋画専攻科修了。都会的で洒脱な線描と色彩で、独自の版画の世界を確立。本の装丁からアート・イン・ホスピタルなどのパブリックアートまで幅広く手がける。ジェッソを塗ったカンバスに銅版画を刷って表現した『詩画集 プラテーロとわたし』(詩:J.R.ヒメネス、訳:波多野睦美)も好評。
谷川俊太郎(たにかわしゅんたろう)

谷川俊太郎(たにかわしゅんたろう)

詩人。’31年東京生まれ。’52年の第一詩集『二十億光年の孤独』の刊行以降、詩と並行して絵本、翻訳、脚本等、ジャンルを超えて活躍。『日々の地図』(読売文学賞)、『シャガールと木の葉』(毎日芸術賞)、『詩に就いて』(三好達治賞)など、著書多数。できるだけ言葉の数を絞って詩をつづった『虚空へ』など、現在も第一線で新しい試みを続けている。
山本容子さん

「絵を描くことの究極は、現実とは違う空間をつくること。谷川さんの詩にも似たところを感じます」ー山本容子さん

仕事と病。それぞれの多難な50代を乗り越えて

山本 状況や年齢で自分も変わりますからね。私もすごく不思議な読書体験をしています。『あのひとが来て』が完成した2年後に、大病して。

谷川 えっ、それは知らなかった。

山本 大腸がんが見つかって、転移の可能性のあるところも切除しました。そんな悲惨な状況で読んだのが、リディア・デイヴィスの短編集。読むというより、眺めているうちにふとイメージがわくような感じで。あとで見たら、ふだんはしない落書きでいっぱいでした。でも、この話はあの人のことだ、退院したら教えてあげようって変に冴えたところもあって(笑)。

谷川 普通の心理じゃなかったでしょう、きっと。大変でしたね。

山本 おかげさまで今はこのとおり元気ですけど、自分は一回死んだようなものだって、肝が据わりました。

谷川 それはうらやましい。僕は大病したことがないの。全然、変化がないから、何か自分に革命みたいなことが起きてほしいくらい。

山本 谷川さんの50代っていかがでしたか。

谷川 中年期クライシスって、あるでしょう? あとから振り返ってみるとそれだったかなと思いますね。

山本 詩作にも苦しまれたり?

谷川 詩は食べるために書いているからつらくはないんだけど、ちょっとよくないなというものが目立つ時期なんです。その後、新しい書き方を思いついたときに、ひとつ先に進んだような気がしましたね。

山本 私もそう。食べるために描いているし、同じような絵でも常に新しい表現を求めているんです。昔、陶芸を教わった八木一夫先生にうかがったんですけど、スランプになったら自己模倣をしなさい、と。昨日作ったのと同じもんを作ったってつまらんやろ、それをしてるうちに次にやりたいことが見つかるからって。

谷川俊太郎さん

「僕は常に音楽に憧れているんです。意味がなくても人を感動させるから。自分の詩もそうありたいと願っています」ーー谷川俊太郎さん

詩も絵も音楽も、無意味であることのよさを味わう

――谷川さんのおっしゃる、“変化のない生活”を健やかに続けるコツは何かあるのでしょうか?

谷川 夏目漱石の『草枕』に「非人情」っていう言葉があるでしょう。彼は小説で人間模様をこまやかに書いたり、実際の人間関係に疲れると、漢詩を詠んだり絵を描きました。僕は後者、詩と絵の非人情の世界にいるから、人間関係があまり濃くないんですよ。それが健康でいる秘訣かもしれないですね。関係性としては淡泊すぎてつまらないと思うけど。

山本 でも、結婚されたり、関係を結んだら濃くなりもするのでは?

谷川 相手が濃くても、こっちが薄いもの。最初の結婚生活はしょっちゅう夫婦喧嘩をしてましたね。僕はひとりっ子だしまだ若かったから、他人との付き合い方を知らなかった。2度目は子供が生まれてまさに日常生活だったし、3度目は相手が相手だから、僕はやられっぱなし(笑)。

山本 佐野洋子さん、素敵でした。

谷川 ところで容子さんは今、何をしているのが一番楽しいの?

山本 東京より那須で過ごすことが多くなって、小学生が使うような小さなプレス機で版画を刷ったり、ふと出会った野花や鳥の名前を調べたりしてると、「あっ、今いい時間がきてるな」って思います。

谷川 うん、自然には意味がないからいいよね。

山本 谷川さんの詩にも、『これはのみのぴこ』みたいに、意味よりも音の連なりを楽しむものもありますね。そういうのも、私好きです。

谷川 僕は昔から一貫して言葉を信用していないの。例えばどんな長編を書いたって海のすべては書きつくせないでしょ。同時に、僕はずっと音楽に憧れてきました。音楽は意味がなくても人を感動させるから。絵も究極的にはそうですよね。

山本 はい。私は結局いつも空間で遊んでいる気がします。あちこちいろんな角度から見て、複数の時間をひとつの画面に表して。「真っ白でいるよりも」みたいに、谷川さんの詩の自在さにも近いものを感じます。それに谷川さんの詩は自分のことのようにすっと入ってくるんです。

谷川 僕の詩は自己表現じゃないからね。元来、宇宙とか自分の外にあるものを詩にしてきましたし。音楽でもべートーヴェンは主張が強いけれど、最近Calm Radioで聞いているハイドンにはそれがない。音楽だけ、というのがすごく心地いいの。

山本 そんなふうに詩や絵や音楽、意味がないものの豊かさを知り、味わえる大人でありたいですね。必ず心が軽くなるから。今日はたくさんお話しできてうれしかった!

谷川 こちらこそ、ありがとう。

山本容子さんの版画:犬

「真っ白でいるよりも」(『真っ白でいるよりも』 1995年 集英社)


自分がチェンバロになって
一晩中待っているのよ
もちろんモーツァルトを
まだ十二歳の
ほらそんなふうに
眠れないときってない?


愛ってのはころがってるのね
キッチンなんかにね
玉ねぎ刻んでて涙が出ると
思い出すわ
悲しみの理由は
いつもいつも愛だったって


生まれ変わったら鯨になりたい
海の中で歌って暮らすの
言葉は知らないの
でも歌はあるの
鯨の心は人間よりずっと大きいから
歌もいつまでも続くの


そうなんだよ
絵になる一瞬が大事なのさ
私そのために生きてる
だから私の写真一枚だけとっておいて
そいで思い出さずに空想して
私の一生を


まだ二十世紀なのね
未来ってなんてゆっくり来るんだろ
待ってらんないな
椅子に座ってるのもまどろっこしい
恋をするのも
夢を見るのもまどろっこしい


わざわざ迷子になりに行くの
巨大迷路に
ここがどこか今がいつか
分かりすぎるんだもん
それなのに不意に分からなくなる
地球儀なんか見てると


花が咲いてるでしょ
海鳴りが聞こえるでしょ
そよ風も吹いているでしょ
それだけで幸せって思ってしまうでしょ
だから私うしろめたいの
ひとりぼっちが



私は空から見られているのだわ
カラスに雲にトンボに天使に
空から見ると
意地悪も嫉妬も見えなくなって
私は私じゃなくなって
きっと地面に溶けている



マラケシュにいたときのこと聞きたい?
でもあなたはいなかったのだから
きっと退屈ね
マラケシュにも子どもがいたわ
黙りこくって立ってる子が
だからきっと愛もあったのね


10
嘘つくのって好きよ
まだ知らないほんとのことを
知ってるような気になれるから
でもほんとのほんとは
一瞬で過ぎ去る
いい匂いみたいに


11
男よりも木に抱かれたい
葉っぱに触ってほしい
枝に縛られたい
根っことからみあいたい
私は空にやきもちやくの
木は夜も空をみつめているんだもの


12 
知ってた?
気持ちにはいろんな色がある
私あなたの色とまざってもいい
真っ白でいるよりも
きらいな花の色になるほうがまし
でしょ?

山本容子さんの版画:アヒル
『ハムレット! ハムレット!!』

『ハムレット! ハムレット!!』
小学館 ¥3,080
谷川俊太郎さんの書き下ろしの詩と山本容子さんによる表紙絵・口絵によって彩られた、名作戯曲『ハムレット』にまつわるアンソロジー。太宰治、小林秀雄、大岡昇平、ラフォルグらの小説、芥川比呂志のエッセー、ランボオの詩など全12篇を収録。

カレンダー

カレンダー掲載の銅版画をエクラプレミアム通販で購入できます!
谷川俊太郎さんの詩の世界を山本容子さんが絵にした、カレンダー掲載作品のうち、銅版画は計8点。素敵なコラボレーションから生まれた作品をお手元に!
>>くわしくはこちら

『あのひとが来て』

『あのひとが来て』
カレンダーでは8月に掲載した作品。「あのひとが来て」に登場する「雨」「木」といったモチーフを描きつつ、そこには犬のルーカスの姿も。詩の中の内省的な時間と重なる、夢幻的な画面。¥158,400/エクラプレミアム通販

イメージサイズ28×39.5㎝ 銅版画、手彩色 制作/2005年

『旅6』

『旅6』
こちらは9月掲載の作品。美しい虹は、「旅6」の詩の中でハワイの空にかかっていたものからのイメージ。左に描かれた少女のワンピースのはためきが、ふわりと浮かぶ感じをリアルに伝える。¥158,400/エクラプレミアム通販

イメージサイズ28×39.5㎝ 銅版画、手彩色 制作/2005年

作品のサイズなどの詳細はこちらをご覧ください。

What's New

Feature
Ranking
Follow Us