独特な雰囲気が魅力的。 メキシコ女性作家の短編集『 赤い魚の夫婦 』【斎藤美奈子のオトナの文藝部】

アラフィー女性に読んでほしい、文芸評論家・斎藤美奈子さんのおすすめ本。今回は、本邦初訳のメキシコの女性作家、グアダルーペ・ネッテルの短編集をピックアップ。現実と幻想が同居した独特な雰囲気の4編の物語を、秋の夜長のおともにぜひどうぞ。
斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『名作うしろ読み』『ニッポン沈没』『文庫解説ワンダーランド』『中古典のすすめ』『忖度しません』ほか著書多数。近著に『挑発する少女小説』(河出新書)。
グアダルーペ・ネッテル 宇野和美/訳『 赤い魚の夫婦 』

『赤い魚の夫婦』
グアダルーペ・ネッテル 宇野和美/訳
現代書館 ¥2,200
飼い猫と同時期に妊娠した女子大生(「牝猫」)、不倫関係になった音楽家に寄生した菌(「菌類」)、パリ在住の中国人劇作家と蛇(「北京の蛇」)など、残る3編も魅力的。作者は現代メキシコを代表する女性作家。’73年、メキシコシティ生まれで現在もメキシコ在住だが、海外で暮らした経験が長く、フランスやオランダなど多彩な土地が舞台になっている。原書は’13年刊。リベラ・デル・ドゥエロ国際短編小説賞受賞作。

独特な雰囲気が魅力的。メキシコ女性作家の短編集

中南米の文学といえば、やっぱりマジックリアリズム。中南米の作家たちによるスペイン語の文学はメジャーではないけれど、独特の雰囲気があり、日常と非日常、現実と幻想が同居した物語はみるみる読者を異次元的な空間に連れ出してくれる。

これもそんなテイストのまじった本。『赤い魚の夫婦』は本邦初訳のメキシコの女性作家、グアダルーペ・ネッテルの短編集だ。〈オブローモフのことを、わたしはほとんど何も知らずじまいだった〉〈ぽつんとひとりぼっちでいる姿を見ると胸が痛んだ。彼が幸せだったとはとても思えない〉

表題作はこんな情景から始まる。といってもオブローモフは魚。美しく飼いやすいため日本でも人気のある観賞魚のベタである。

語り手の「わたし」はパリで暮らす弁護士で、そのころ妊娠中だった。夫は仕事でカリカリしており夫婦仲は微妙。せめて魚を飼うことで慰めになればと思ったが、娘が生まれると育児のストレスで夫婦仲はさらにこじれた。

飼いやすいといっても「闘魚」の別名もあるようにベタは攻撃的な魚で、同じ水槽で2匹一緒に飼うと殺し合うこともある。オスとメス、2匹のベタは恐れたとおりケンカをした。〈ドラマチックよね〉〈だってこの魚たちは愛しあってるのに、いっしょに暮らしていけないんだもの〉。まるで自分たちのようではないか。

やがてメスは死に、新しく飼ったオスのベタをふたりはオブローモフと名づけるが……。

とまあ、こんな具合に、収録された5編はいずれも人の生活に生き物が奇妙なかたちでからんでくる。主人公は皆孤独を抱えた人物で、一方、生き物は生き物で主役を食うほどの存在感。魚も虫も猫も蛇も、そして人体に寄生した菌までが、人間並みの意思をもって行動しているように思えてくる。

昆虫を専門とする生物学者が少年時代の体験を語る「ゴミ箱の中の戦争」もそう。両親の仲が破綻し、伯母の家で暮らすことになった「ぼく」は、ある日台所でゴキブリを踏みつけた。すると女中の母親がいったのだ。〈拾わずにそのままにしていったら、一族郎党がその子をさがしにくるよ〉〈今に、そこらじゅうに侵入してくるから覚悟しておくんだね〉。

それは現実になった。伯母と女中はゴキブリの撃退に血道をあげるが、やがて確実に勝利する方法を思いつく。〈わたしたちが食べはじめたら、ゴキブリどもはおそれをなして逃げていきます〉。

ギョエー! ほ、ほんと!?

〈共に暮らす生き物から、人は多くのことを学ぶ。彼らはわたしたちが直視できない水面下の感情や行動を映しだす鏡のようだ〉

そういうことです。眠れない秋の夜長にぜひどうぞ。

あわせて読みたい!

本谷有希子 『 異類婚姻譚 』

『異類婚姻譚』
本谷有希子
講談社文庫 ¥616
日常と非日常が同居する日本版マジックリアリズムともいえる奇譚集といえばこれ。働きもせずゲームに没頭するぐうたらな夫が人ならぬ者に変身してしまう表題作は’15年の芥川賞受賞作。ほか3編も夫婦や家族の不思議な体験を描いている。

J.E.パチェーコほか  安藤哲行ほか/訳『 ラテンアメリカ五人集 』

『ラテンアメリカ五人集』
J.E.パチェーコほか 
安藤哲行ほか/訳 集英社文庫 ¥628
中南米の文学をもう少しのぞいてみたいというかたにおすすめ。ノーベル賞作家であるアストゥリアス(グアテマラ)とオクタビオ・パス(メキシコ)のふたりに加え、バルガス=リョサ、フエンテス、パチェーコの3人を加えた異色の短編小説集。

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