バレエダンサー上野水香《前編》『ボレロ』との出会いととまどい【エクラな美学 第1回】

時を重ねるほどに輝く、エクラ世代の女性たち。人生の節目を迎える時だからこそ軽やかに生きていきたい。自分のもてる力を世の中へ還元したい。そんな思いはあるけれど、一筋縄ではいかないこともあれば、行くべき道に悩むこともある。それでも前に進むための生き方の美学とは。『エクラな美学』の第1回は日本が誇るバレエダンサー、上野水香さんにご登場いただいた。運命の作品と出会い、真正面から挑むからこそ苦しんだ日々。時に後悔や寂しさも。そしてようやく答えを見つけて……。

「何も飾らず、ただすっと立てばいい。それが私のたどりついた境地」

バレエダンサー上野水香
ドレス¥506,000・靴¥209,000/フェラガモ・ジャパン(フェラガモ) ブレスレット¥858,000・リング¥52,250/ブチェラッティ

シルヴィ・ギエムに憧れてバレエ人生をスタート

真紅の空間に凛と立つ上野水香さん。撮影中ポーズを変えるたびにつややかなロングヘアが広がり、その一本一本が生き物のように躍動する。その姿が上野さんの『ボレロ』を思い起こさせた。
「あの作品で私は特別なヘアメイクはしていないんです。パーマでウェーブさえかけておけば、踊っているうちに髪の毛が勝手にいい感じで広がってくれるので。でも以前はいろいろ試行錯誤していたんですよ。前髪を固めてみようとか、後ろの部分だけまとめようとか。でもいつも汗で変に乱れてしまう。結局何もつけない、固めない、ありのままが一番いいということにたどりつきました」と微笑む。

日本が誇るバレエダンサー、44歳。東京バレエ団のプリンシパルとしてはもちろん、海外の多くの檜舞台でも活躍中。また日本人の女性ダンサーで唯一『ボレロ』を踊ることを許されている存在でもある。ファッション誌をはじめさまざまなメディアに登場し、バレエ少女向けに漫画化もされた。そんな上野さんのバレエ人生を決定づけたのは、若手ダンサーの登竜門、ローザンヌ国際バレエコンクール。スカラシップ賞を受賞し、16歳でモナコへバレエ留学した。
「毎朝、ああ今日も10時になればバレエのクラスが始まるんだと思うとそれだけでうれしい日々でした。小学生のころから授業中、ノートにシルヴィ・ギエムの脚のラインばかり描いているような子供でした。どうやったらあんな脚になれるのだろう、あんなふうに踊りたいと、お休みの日もひとりでレッスンしていたほど。それと私は成長期が人よりちょっと遅くて、ちょうどこの留学中に急激に身長が伸びたんです。体のコントロールには苦労した記憶がありますね」
ポアントする上野水香さん

『ボレロ』との出会いととまどい。「私は私」と開き直って……

帰国後は牧阿佐美バレエ団に所属。世界的振付家ローラン・プティに見出され22歳のときに『白鳥の湖』のオデットを踊る。26歳で東京バレエ団へ移籍すると、いきなり『ボレロ』が上野さんを待っていた。ギエムがその半生を捧げた作品が。
「本当に夢のようでした。ギエムに憧れていた私にとって『ボレロ』は特別な特別な作品です。なのに、初めて踊ったときには思ったとおりにいかなかったんです。考えすぎてよくわからないまま本番を迎えてしまって、お客さまもとまどいを感じているのがわかりました。私としては、こんなはずじゃなかったというところからのスタートだったんです。と同時に私ってやっぱりまだまだなのだと、すっかり自信をなくしてしまいました」

そんな揺れる気持ちとは裏腹に、『ボレロ』出演のオファーは増えていく。メディアでも『ボレロ』を踊れるただひとりの日本人女性ダンサーと囃された。
「私は『白鳥』をはじめ、もっとほかの作品も踊ってきた、ボレロだけじゃない。なのに水香といえば『ボレロ』といわれるのがいやだった時期がありました。それが原因で人とけんかしたことも。ずっとそうやって悩んで苦しんできました。でもあるとき、“もういいや、私はギエムじゃないんだ、私は私だ”と開き直れて迷いがなくなったんです」

その境地に達したのは’21年の「ニューイヤー祝祭ガラ」。そこで踊った『ボレロ』は観客の心を揺さぶった。
「私の苦しんだ日々がお客さまに通じたんだ、それでいいんだとお客さまが教えてくれたのだと感じました」

そして7月、コロナ禍で誰もが先の見えない状況に疲れ果てていたとき、東京バレエ団は全国ツアー〈HOPE JAPAN2021〉東日本大震災10年/コロナ禍復興プロジェクトを開催。上野さんの『ボレロ』が全国に広がった。
「『白鳥』のように作品の中の役になるのとは違い、『ボレロ』はダンサーの背負っている人生や覚悟が踊りに反映されやすいんです。もがきながら舞台に立つ私の姿が見る人に力を与えられるのなら、こんなにうれしいことはないと思いました。そして実際に各地でお客さまが喜んでくださっている姿から私もまた力をもらえました。お互いにエネルギーを与え合っているような貴重な体験でしたね。世の中が危機になると舞台芸術なんてまず最初に排除されてしまいますが、危機にこそお客さまは芸術を必要とし、私たちにも表現の場が必要なのだと実感しました」

(後編へつづく)

上野水香

上野水香

うえの みずか●’77年、神奈川県生まれ。5歳よりバレエを始め’93年ローザンヌ国際バレエコンクールでスカラシップ賞を受賞。モナコのプリンセス・グレース・クラシック・ダンス・アカデミーに留学、首席で卒業。帰国後は牧阿佐美バレエ団を経て東京バレエ団プリンシパルに。’21年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。

Information

東京バレエ団 特別公演「上野水香 オン・ステージ」

常に第一線で活躍してきた上野水香が代表作『白鳥の湖』、新境地を開いたベジャールの『ボレロ』、ローラン・プティの『シャブリエ・ダンス』、ルドルフ・ヌレエフ振付『シンデレラ』を踊る。
’23年2/10〜12、東京文化会館 問☎03・3791・8888(NBSチケットセンター)、’23年2/24、福岡シンフォニーホール 問☎092・720・8717(KBCチケットセンター)
https://www.nbs.or.jp/stages/2023/mizuka-ueno/

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