バレエダンサー上野水香《後編》オンリーワンを目ざして【エクラな美学 第1回】

時を重ねるほどに輝く、エクラ世代の女性たち。人生の節目を迎える時だからこそ軽やかに生きていきたい。自分のもてる力を世の中へ還元したい。そんな思いはあるけれど、一筋縄ではいかないこともあれば、行くべき道に悩むこともある。それでも前に進むための生き方の美学とは。『エクラな美学』の第1回は日本が誇るバレエダンサー、上野水香さんにご登場いただいた。運命の作品と出会い、真正面から挑むからこそ苦しんだ日々。時に後悔や寂しさも。そしてようやく答えを見つけて……。
バレエダンサー上野水香

オンリーワンのバレエダンサーを目ざして

海外公演にも数多くゲスト出演している上野さんだが、海外のバレエ団を選ばなかったのはなぜだろう。
「実はいくつかお声をかけていただいていたんです。マリインスキー(バレエ団)やパリ・オペラ座(バレエ団)からも。タイミングが合わなかったということはありますね。あのときに行っていたら今ごろ私どうなっていたかな、と思うことは正直あります。惜しかったかなとか(笑)。一般的に海外バレエ団に所属して帰国すると手放しで称賛される傾向がありますよね。だから評価で悔しい思いをしたこともありますよ」

でも上野さんの脳裏には尊敬する森下洋子さんの姿があった。
「森下さんのように日本で踊り続けたい、日本の皆さんにこそ私のバレエを見ていただきたい。気がついたらその思いを貫いていました。技術のレベルは国際的にも負けないものを、心の部分では日本人であることを大事に、ほかのダンサーにはないオンリーワンになることを目ざして」
上野水香さん
シャツ¥36,300・デニム¥46,200/マディソンブルー 靴/スタイリスト私物

何事も“遅かった”からたどりつけた境地

上野さんは2023年3月で東京バレエ団を定年となる。この先、どういう立場でバレエにかかわっていくかは未定だ。
「同世代のダンサーは多くが第二の人生に移行しています。教えるほうに回ったり、結婚して子供を育てていたり。私は、そうですね、ギエムが最後の舞台と決めていたのは50歳までだったので、私も50歳までは踊り続けたいな」

しかし舞台のアーティストたちのゴールデンタイムは残酷なほどに短い。若いうちは体は自在に動いても表現の充実にまではいたらず、逆に年を重ね表現力が深まるころには肉体が衰えはじめる。
「それがですね、44歳の今の私、心身共に割といい感じなんです。30代より今のほうがずっと納得のいく表現ができています。私ってなんでも遅いんですよ。背が伸びたのもテクニックが身につくタイミングも。『ラ・バヤデール』でやっと納得のいくピルエットができたと思えたのもつい最近(笑)。でも遅かったからこそ、充実した内容でまだまだ踊れる。私にとって“遅かった”のは必然だったのかも」

一方で40代半ばといえば、子供が巣立っていったり親しい人との別れを経験したり、何かを手放さなければならないことが増えてくる年代。時になんともいえない不安や寂しさにおそわれることも。
「私もなんです。なぜこんなに寂しいんでしょう。公私ともに自分の味方になってくれる人生のパートナーが、今の私にはいないということもあるのかな。私だって、ひとりの女性として幸せになりたいと思っていたのに、気がつくと、踊り続けるための道ばかり選択しているんですよね」
 
40年間、魂を削って踊り続けてきた。
「喜びも寂しさも抱えたまま、何も飾らず計算せず、舞台にただスッと立つ。それが一番なのだと、やっとその境地にたどりつきました。実は今回の撮影でカメラマンのかたに偶然にも、“一本の木になって立ってみてください”といわれたとき、今の自分の気持ちとリンクして涙が出そうになったんです。バレエで培ったものをこれからもなにかしら表現することで世の中に還元していきたい。上野水香って結局ああなっちゃったんだ……なんていわれるのはいや(笑)。あんなふうになりたいなと思われたい。幾重にもカットされたダイヤモンドのように奥深い輝きを身にまとっていきたいですね」

上野水香の美の系譜

数多くのレパートリーをもつ上野さんだが、そのバレエ人生の節目節目で出会い、取り組んできたのがこの3作品。踊るたびに自身の変化や成長を感じるという。

『ドン・キホーテ』

『ドン・キホーテ』
©Hidemi Seto

かわいい少女の物語。ゴールを定めてクレッシェンド

「この役では人生の年輪とかは発揮せず(笑)、バルセロナの明るくおきゃんな少女の気持ちで踊ります。床屋バジルとの結婚を父が反対しますが、押し通したい、彼への気持ちを貫きたい、そんなキトリの姿が伝われば。成功物語でもあるので、ゴールを定めてクレッシェンドしていく感じを大事にしています」(上野)

『ボレロ』

『ボレロ』
©Shoko Matsuhashi

日本人女性で唯一、踊ることを許されている

「ラヴェルの音楽を使ったモーリス・ベジャールによるバレエ作品。踊らせていただけること自体が光栄です。ジョルジュ・ドンやシルヴィ・ギエムなど偉大なダンサーたちが踊ってきた作品であり、お客さまの目にもそれが焼きついています。踊るときの自分の状態がそのまま現れてしまう点でも怖くてむずかしい作品です」(上野)

『白鳥の湖』

『白鳥の湖』
©Hidemi Seto

踊るたびに成長度合いがわかるダンサーとしての試金石

「基礎からむずかしいものまで、バレエに必要な技術がすべて入っているダンサーにとっての試金石。容姿や手足の長さにいたるまですべてが見られてしまいます。ラッキーなことに私には向いていて踊りやすい作品。“このダンサー、踊るたびに変わっていくな。次はどう踊るのだろう”と思わせたい作品でもあります」(上野)

上野水香

上野水香

うえの みずか●’77年、神奈川県生まれ。5歳よりバレエを始め’93年ローザンヌ国際バレエコンクールでスカラシップ賞を受賞。モナコのプリンセス・グレース・クラシック・ダンス・アカデミーに留学、首席で卒業。帰国後は牧阿佐美バレエ団を経て東京バレエ団プリンシパルに。’21年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。

Information

東京バレエ団 特別公演「上野水香 オン・ステージ」

常に第一線で活躍してきた上野水香が代表作『白鳥の湖』、新境地を開いたベジャールの『ボレロ』、ローラン・プティの『シャブリエ・ダンス』、ルドルフ・ヌレエフ振付『シンデレラ』を踊る。
’23年2/10〜12、東京文化会館 問☎03・3791・8888(NBSチケットセンター)、’23年2/24、福岡シンフォニーホール 問☎092・720・8717(KBCチケットセンター)
https://www.nbs.or.jp/stages/2023/mizuka-ueno/

  • バレエダンサー上野水香《前編》『ボレロ』との出会いととまどい【エクラな美学 第1回】

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