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【これが私の活きる道】ルワンダで義肢の無償提供を始めて26年。ルダシングワ真美さんの生き方とは?
日本人義肢装具士のルダシングワ真美(まみ)さん。34歳のとき、ひとりアフリカの地に渡った。戦禍で傷を負った人たちの力になれたならと。慣れない地で次々に訪れる危機に直面し、悩みつつもブレることのない真正直するほどの生き方。熱く歩んできたその道を聞いた。
【これが私の活きる道】日本人義肢装具士のルダシングワ真美さん。ルワンダで支援を続ける理由とは?
試行錯誤する過程で知った、自分の傲慢さ
’97年の冬、真美さんはルワンダへと移住。成田空港には見送りに来た父親の姿があった。中学生のとき、母親を亡くした真美さんは父とふたりで生きてきた。ルワンダに渡ると宣言した娘を「父は何もいわずに」送り出してくれたという。
活動拠点は首都・キガリ。ガテラさんが自治体にかけ合い、空き家となっていた酒場を譲り受けて、日本で集めた寄付金で改築して工房を作った。
「義足を初めて作りに来てくれたのは28歳の青年でした。地雷を踏んで両足を失っていたんです。懸命に取り組みました。でも途中で、部品をつなぐ樹脂が固まらないというトラブルが発生して。日本と違ってすぐに材料は手に入らない。駆けずりまわって探しました。彼が歩いた日、涙をこらえるのに必死でした」
やがて評判を聞いた人々が続々とやってくるようになった。それぞれの足に合わせる作業は、繊細な技を必要とする。だがあるとき、自分の傲慢さを思い知るできごとがあった。
「義足には茶色く染めたストッキングをかぶせていたんです。お金がないので私なりにコーヒーや泥とかで工夫をして。でもいらないといわれた。ムッとして無料なんだしワガママをいわなくても、と思ったんです。でも、確かに自分の足の色と違っていたらせつないじゃないですか。大体の色が合っていればいいじゃないか、と思っていた自分を恥じました」
その後、政府から譲り受けた1.5ヘクタールの土地に、本格的な製作所を建てる。ところが低地にあったために、雨が降るとひどくぬかるみ、建設は難航した。
「お金がないのですべて手作業です。大勢の手を借りました。頭の上に石を乗せて何往復もして整地し、レンガを焼いて積んで。10年かかりました」
その間ふたりは結婚。
「日本にいる父のための“けじめ”でもありました」
ある日。日本から来た取材者に「ガテラさんはツチ族ですか、フツ族ですか」と無遠慮に聞かれたことがあった。すると彼は「私はルワンダ人です」と答えたという。そのとき、夫に感じた誇らしい気持ちを、真美さんは今でも覚えている。
障害者を勇気づけたいと、パラリンピックへの参加を提案したのも、ガテラさんだった。政府がまったく関心を示さなかったため、真美さんは国際パラリンピック委員会と交渉。日本の新聞や支援者らに「大虐殺のあったルワンダが初めて挑むので、力を貸してください」と呼びかけ、200万円もの寄付を集めて、シドニー・パラリンピック(2000年)に初参加を果たした。以降はさらにアビリンピック(障害者技能競技大会)にも力を入れ、志高く支援を続けている。
「夫はリーダー気質の人で、私がヘタれかけているときもビシッといってくれます。時にはケンカにもなりますけど(笑)」
支援者の気持ちを踏みにじるわけにはいかない
ふくれ上がる義足希望者に対応するために、従業員を雇うようになり、現在は夫妻を含め11名で運営。しかし広まったことで、別のストレスも増えていった。
「支援を手伝いたいといって、その実、私たちを利用してお金儲けをしようとする人が現れて。そういう人たちは障害者への愛を“売り物”にしていて、どれだけ大変でみじめな生活をしているかをアピールしています。私は障害のある人たちをみじめだなどといえない」
まっすぐな言葉だ。だが寄付による運営をまったく悩まないわけではなかった。
「寄付を受けるのは、すべて無償で作っているからです。皆、足がないことで仕事に就けないから収入がない。ない袖は振れないわけです。でもルワンダのため役立ててもらいたいというお金を、自分の生活にも使うことに、後ろめたさがあって。けれど前を向きました。正義で支援してくれるかたたちがいる。その気持ちに嘘はつけない。踏みにじるわけにはいかない。私の原動力です」
これまで提供してきた義足、装具、杖、車椅子等は延べ1万人分。順調だと思われた活動だが、’20年、大洪水が起こり、製作所は甚大な被害を受けた。さらにその状況下にあって、政府は建物を強制撤去するという、日本では考えられない暴挙に出てきた。
「土地を流れる川が氾濫することが重なったりしたため、政府は地域一帯を湿地帯と位置づけ、住民に退去を促すようになりました。でも、住む人たちへの移転場所の提案や退去に対しての補償などの話はなかった。その後も大きな被害が増えてきたことで、ついに政府は強制的に建物を壊し、住民を追い出すという手段をとったのです。多くの人を路頭に迷わせた。私たちの建物はたくさんの支援のもとに長い年月をかけて作った、命のようなもの。撤去には強く抵抗しましたが聞き入れられませんでした」
クラウドファンディングに踏み切った。幸い1200万円ほどが集まり、ガテラさんの親戚の土地に再建することができた。
「現時点も補償の話は何もありません。受けた苦痛は計り知れない。今後も政府へ問いかけを続けていきます」という。
「まったくどういう人生なのか(笑)。でもこれまでやってこられたのは、私のミッションだったのかもと思います。何もなかった私が与えられた道だと歩いてきたら、人の役に立つことができていた」
60歳。これから、についてたずねてみた。
「そうですね、いずれ自分だけの小さな工房をもって、一人ひとりの障害者とゆっくり向き合いたい。そして年老いて逝くときがきたら、骨の半分はルワンダに、半分は湘南の海にまいてもらおうと考えています。でも今は、目の前に困っている人がいるからやる。それだけです」
“自分なりに工夫をこらしたのに否定された。でも、傲慢だったと気づかされました”
交通事故で左足を失った14歳の少女。心をほぐしながら診断する。
先天的に障害のあるシングルマザーの装具の仮合わせをしたときの様子。
「同志であり戦友でもある」という夫妻。互いの信頼感が伝わる
“自分がやる!と決めて始めたことがミッションになっていたという気がします。なにより支援者への責任がありますから”
「落ち込むときもあるけど、ナメられると戦闘モードに入る性格!」と笑う
ムリンディ/ジャパン・ワンラブ・プロジェクトとは?
’97年、ルダシングワ夫妻が義肢製作所を立ち上げるときにスタートしたNGOプロジェクト。ムリンディとは、ルワンダ北部の村の名で、かつてルワンダの平和を求める人々による、愛国戦線反政府軍の拠点となっていた象徴的な場所。ワンラブは、夫妻の好きなボブ・マーリーの同タイトル曲から、“愛はひとつ”という平和への思いをこめた。活動内容は義肢装具、杖、車椅子などの製作で、いずれも無料配布している。最終目標は障害者の自立であり、義肢装具士の育成、職業訓練、パソコン教室、障害者スポーツの普及などに力を入れている。製作所にはゲストハウス、レストラン(現在休業中)も併設。活動資金のための寄付を常時受付中。
支援者に向けて年3回発行している「ONE LOVE通信」。製作所のできごとのほか、ルワンダの町や人々の暮らしまわりを、真美さんとガテラさんがユーモラスにわかりやすく伝えている
1963年 神奈川県茅ヶ崎市に生まれる
1989年 英語専門学校卒業後、6年間の会社員生活を経てケニア・ナイロビのスワヒリ語学校に入学
1991年 神奈川県横浜市の平井義肢製作所に弟子入り
1994年 ルワンダ大虐殺が起きる
1997年 ルワンダに移住し、「ムリンディ/ジャパン・ワンラブ・プロジェクト」設立。ルワンダ・キガリに義肢製作所を開設
2000年 シドニー・パラリンピックでルワンダ代表を初出場に導く
2001年 ガテラさんと結婚
2007年 アビリンピックに参加すべく働きかけ、静岡大会への代表選手出場を導く
2011年 アビリンピック韓国大会への代表選手出場を導く
2016年 アビリンピックフランス大会への代表選手出場を導く
2017年 外務大臣表彰。地球倫理推進賞受賞
2018年 読売国際協力賞受賞
2020年 大洪水で義肢製作所が被害を受けた後、政府から強制撤去される
2021年 吉川英治文化賞受賞
2022年 新しい義肢製作所が完成
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