キュレーター・長谷川祐子《中編》世界で学ぶ。国内外のアーティストとかかわり見識を深める【エクラな美学 第9回】
「あなたには哲学がある」。世界に出て実地で学んだ日々
幼少時から絵を見ることが好きで、美術部で油絵を描いていた長谷川さんの夢は、東京藝術大学への進学だった。
「でも、親からは女性が芸術の世界に入っても食べていけないだろうから趣味でやってくださいと反対されまして。安定して高収入が得られ、会社勤めをしなくてもやっていける仕事として提示されたのが医者か弁護士だったんですが、生身の体を扱うのは私には大変そうだったので、だったら論理のほうかなと思いまして」
法学部で学び、司法試験を受けたものの「人の紛争や問題に一生向き合い続けるのは向かない」と実感した長谷川さんは、自活を条件に進路を変更。藝大芸術学科への入学を果たした。専攻は美術史。クアトロチェントと呼ばれるルネサンス期の文化に浸る日々に、ある機会が訪れる。
「当時、時代の先端を行っていたドイツの現代美術家ヨーゼフ・ボイスがセゾン美術館で展覧会をした際、藝大でも講演と対話集会をしてもらおうという話になったんです。で、英語が話せる人間がいなかったので、たまたま話せた私に手伝ってほしいと……。現代アートのことはほとんど知らず、『その人、誰?』という感じだったので、あわてて勉強しましたが、いきなりど真ん中の人に会ったんですね」
初めて目(ま)の当たりにする現代美術家の姿と言葉。そこで受けたのは、「作家が生き、そこにいる」という衝撃だった。
「現代の世界や政治、経済、あるいは環境に対し、自分と同じように、新しい感性をもって向き合い考えている人であるということ。これは、現代アートの一番の魅力だと思います」
時は日本がある種の文化的爛熟を迎えたバブル期。長谷川さんはアルバイトで多くのアーティストのインタビューを行い、現代美術への接点を増やしていった。
「写真家のロバート・メイプルソープや画家のキース・ヘリングなど、会うたびに勉強して『そうだったのか』と驚かされました。今もそうですが、私は自分から戦略的に動くタイプではないので、こうした機会をいただけたのは非常にありがたかったですね」
「同時代を生き、考える人の表現に触れる。それが、現代アートの一番の魅力」
ルネサンスの世界から現代アートへと居を移した長谷川さん。水戸芸術館や世田谷美術館、立ち上げからかかわった金沢21世紀美術館で学芸課長を務めながら、国内外で数多くのアーティストとかかわり、見識を深めた。国際舞台へのデビューは’01年。翌年開催のイスタンブール・ビエンナーレのアーティスティック・ディレクターに抜擢された際、実行委員会からかけられたのは「あなたには哲学がある」という言葉だった。
「普通、日本人のキュレーターを指名する場合は、日本の現代アートでやってくださいと呼ばれるわけですが、私の場合はいきなりインターナショナルでとのことでした。哲学というか、私がアートに関してシンプルに信じていたのは……芸術は世界観をつくり、今現在、私たちが生きている世界にオルタナティブ(代替的)な考え方を提案していくものだということ。そして、アーティストの想像力は、私たちの中にきっと新しい感覚をもたらしてくれるということです」
国内に先人がいなくても、海外へ目を向ければ、先進的な仕事をしているキュレーターやアーティストたちがいる。そうした人々が折に触れて長谷川さんの前に現れ、メンター(指導者)となった。
「ひとりであれこれやっているけど誰も指導してあげないのね、とかわいそうに思われたんでしょう(笑)。私も知らないことは自分で勉強していくしかないと思っていたし、日本に教えてくれる人がいないのなら世界中の人を頼ればいいと。無鉄砲といえば無鉄砲ですが、知らないことは聞いてもいいんじゃないでしょうか?と、私は常に思ってきたので」
さらに、アーティストたちからの厚い支持も、国際舞台での活躍を後押しした。作品を世に送り出すパートナーとして、アーティストを陰に陽に支えるのもキュレーターの役割。長谷川さんのスマートフォンには、世界中のアーティストたちから「今どこにいるの?」「I miss you」というメッセージが届くという。
「仕事を一緒にしたいと思うのは、自分のスタイルがあり、時代との緊張感をもって作品づくりに取り組んでいる人。そしてやはり、アートにできることを信じている人です。かかわるときに心がけているのは、嘘をつかないこと。彼らは真剣に自分にかかわってくれる人を求めていますから、おいしいことばかりいってもしょうがない。作品がよくないと思ったらどうしてよくないのかをちゃんと伝えます」
(後編へつづく)
長谷川祐子
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