最注目の歌舞伎俳優・尾上右近 「春興鏡獅子への熱き道のり」【衣裳編】

尾上右近さんが歌舞伎俳優を目指すきっかけとなった「春興鏡獅子」。三才で夢見たその景色が、2025年4月の歌舞伎座で現実のものとなる。DREAMS COME TURE。後々、「尾上右近の鏡獅子の初演を観た」と語り草になるに違いない伝説の始まりの舞台。その熱量を「形にできるものは形にしたい」と、大事な小道具のひとつ、手獅子をあらたに自分のために作り、弥生役の衣裳も新しく作ることに。右近さんが求めたのはどんな手獅子なのか。そして衣裳の仕上がりは? ここでは松竹衣裳部にお邪魔し、その衣裳制作の最終段階を見せてもらった。

衣裳の柄を総刺繍でなく、縁だけ刺繍にしたワケは

手獅子が着々と作られる一方、右近さん演じる弥生の新しい衣裳も作業が進んでいた。
「今回は新しく衣裳を作ってもいいと松竹から言われたので、松竹衣裳にお願いして作っていただきました。柄や色を僕に一任してくれたのもうれしかった。自分好みに作ったけれど、この衣裳を見て『いいな』と思った人には、ぜひ着てもらいたいと思っています。
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    歌舞伎の衣裳を一手に担う、松竹衣裳株式会社。

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    総勢20人以上の方々が、黙々と作業をする姿は、感動すら覚える

「じつは六代目菊五郎が着ていた衣裳は現物が残っていないし、映像も白黒なので、色がわからないんです。でも逆にそのおかげで、自分好みに合わせられると思いました。まず着物の色は、他の人とかぶらないようにグレーがかった濃い藤色に。先代の(中村)雀右衛門さんの若いときの写真があって、『この色、いい!』と思ったんです。本来、音羽屋は代々ピンクに近い薄い藤色なんですけれど、僕が着ると女中っぽくなってしまう。僕は濃い色のほうが似合うので、濃い紫にしました。
 柄は六代目の着物をベースにしました。着物をかけたり、間仕切りに使ったりする几帳を大きく入れて、松竹梅があって。それと白い雪がぽんぽんぽんと入っていて、そこがすごく好きですね」。
 柄を全部刺繍で入れることもできたが、「弥生は腰元で身分が高くないのに、豪華すぎるのはおかしい」と、基本は染で柄を入れて、縁だけ刺繍してもらうことに。
「帯も最近はあまりみんながつけない帯をチョイスしました。金色で蝶々がボン、ボン、ボンっとついているだけ。最近は落ち着いた品のある感じが好まれるので、(中村)勘九郎のお兄さんも(尾上)菊之助のお兄さんも『鏡獅子』をやる人は、だいたい白の唐草帯。それに比べると、僕が選んだ帯は野暮ったいといえば、野暮ったいけれど、インパクトのある六代目と同じものにしました」。
 
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仮縫いから染、そして刺繍などさまざまな人の手作業を経てやってきた鏡獅子の衣裳。

松竹衣裳部の美しい手仕事の結晶がここに

一方、松竹衣裳部も『鏡獅子』の衣裳を手がけるのは久しぶりとのこと。とくに右近さんがこだわった藤色に関しては、何度も右近さんのチェックを受け、柄の位置も仮縫いの段階で細かく確認。途中、「一回、着てみますか」と右近さんに聞いたところ、「いや、全部出来上がるまで待ちます」ということで、3月下旬、歌舞伎座出演の合間をぬって、完成した衣裳に初めて袖を通すことに。
鏡の前で衣裳をはおり、「思った通りのきれいな色合いで、いいですね」と満足そうな右近さん。そして「柄を総刺繍にしたら重たくなっていたけれど、縁だけにしたから、すごく軽い。これならどんな動きもできます」と舞台への自信をさらに深めていた。
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衣裳のためだけでも観劇する価値がある! そう思わせる豪華さと可憐なお衣裳
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緻密な作業を繰り返し、2日間で最終の縫いを仕上げるという。この次の日、右近さんの元へ
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    作業を待つ、物凄い数の衣裳たち

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    お針子の繊細な作業に心打たれる

『春興鏡獅子』への想い

準備が整ったところで、あらためて『春興鏡獅子』への思いを語ってもらった。
「『春興鏡獅子』は前半と後半でがらりと雰囲気が変わります。前半は小姓・弥生の踊りで、牡丹のはなびらのような柔らかな舞が続きます。でも、弥生は好きで踊っているわけではなくて、無理やりお殿様の前に引っ張り出されて、30分も踊らされるんですね。手を変え、品を変えて踊るのですが、『お殿様は楽しんでくれているかしら?』『これで大丈夫かしら?』と慢性的なパニック状態だと思うんですよ(笑)。僕はそこがすごく重要だと思っているので、上の人を敬う気持ちとかつつましやかさを忘れずに、まずは弥生を勤めたいと思います。
 後半は一転して雄々しい獅子の踊りに。ただ大事なのは、『こんなに両極端な役ができます、こんなに振れ幅の大きい技をお見せします』ということじゃないんですね。競技みたいになってはダメで、そこには人間性とか、芸術性とか、上質な何かが一本通ってないといけないと思っています。
あとはもう精神性ですね。今回に限っては『もっとこうしてやろう、ああしてやろう』という気持ちを一回横に置いておくという勇気を持つこと。六代目の本を読んでいたら、信頼している、あるおばあさんから『あなたは欲があり過ぎる』『欲を持って覚えて、欲を捨てて舞台に立ちなさい』と言われて、六代目がその言葉をかみしめているという話がありました。本当にその通りで、お稽古はあらゆることをやるけれど、舞台が始まったら無心でいることが一番大事かなと。
 目指すのは六代目の『鏡獅子』ですが、僕が観た映像の六代目は50代だし、体型も全然違う。今の自分ができる限りのことを全身全霊で勤めるだけです」。
 大きな一歩を踏み出す右近さんの舞台、見逃すわけにはいかない。きっとその姿を六代目も天国から見守っていることだろう。

歌舞伎座『四月大歌舞伎』

2025年4月3日(木)~25日(金)
夜の部 午後4時15分~
【休演】10日(木)、18日(金)
【貸切】※幕見席は営業
昼の部:12日(土)
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