モデル・森泉が語る“ママモリ” 森英恵とは?「すべてを完璧にこなす、パーフェクトな女性でした」

「祖母、森英恵のことを、家族はみんな“ママモリ”と呼んでいます。森家のママ、みんなのお母さん的な存在でしたから」と森泉さん。一緒に暮らす中で、ママモリがさし示してくれた生き方とは……。

「女性として、パーフェクトな人でした」

モデル 森 泉

モデル 森 泉

もり いずみ●ファッションモデル、タレントとして活躍。5人きょうだいの3番目で長女。森英恵さんの最後のパリ・コレのショーでラストを飾る「お嫁さん」の衣装で出演。現在はモデルのかたわら、DIYの達人としても活躍。

「強くなりすぎないでね」っていわれたのが残っています

一人四役じゃないですけれど、ママモリはデザイナーであり、妻であり、母親であり、おばあちゃんでもあり……。すべてを完璧にこなす、パーフェクトな女性でした。また、切り替えが上手なんです。

長い間一緒に暮らしていたのですが、毎週日曜はママモリが夕飯を作ってくれました。そういうときは、いつもはシャープな人が、髪をスカーフでまとめて、ベストを着て、すごくかわいいの。ママモリ流のお料理ルックになるんです。メニューは基本的に決まっていて、梅干しごはんに、いいお肉と、いいお野菜をサッと焼いて、オリーブオイルと塩でいただく。色、香り、歯応え、素材のうま味をシンプルに味わう食事です。

オートクチュールの最後のショーに私も出ることになって、パリで2カ月ほどふたりで暮らしたことがあります。私はアメリカ留学中でだいぶぽっちゃりしていたのですが、ママモリの作ってくれる朝ごはんを食べていたらスルスルとやせたんです。

さくらんぼ2個、小魚1尾、ナッツを数粒、ゆでたいんげん3本、ポテトサラダ少々……。いろいろなものが少しずつ10~15種類毎朝出てきて、これさえ食べれば栄養バランスもバッチリという食事です。しっかり働くために、素朴だけれど体にいいものを食べることをママモリは心がけていました。

叱られた記憶は……ないです。ただ、仕事を始めてからは、節目節目にアドバイスをくれました。あるとき、ママモリがふといったひと言があります。「あまり強くなりすぎないでね」って。あれはどういうつもりでいったんだろう?と自分の中にずっと残っていて。だいぶ時間がたってから「強すぎてピンとしていると、何か大事があったときにポキッと折れてしまう。だから自分の意見や主張にこだわりすぎてはいけない。しなやかさをもって、何がきても余裕をもってかわせるようになりなさい」、そういう意味だったのかもしれない、と。

それはきっと、ママモリの考える日本人女性の魅力だった気がします。芯はあるけれど、しなやかで、柔らかく、ひらひらと飛ぶ蝶々のような。ママモリがファッションを通して表現したかったのは、そうした日本人女性の素敵さや、日本の優れた伝統文化や感性だったと思うんです。

ママモリこと森英恵の服は、見た目の美しさもさることながら、着るとよさがわかる。すごく着やすいんですよ。着ていて気持ちがいい。時間がたっても疲れない。それと、デザインが古くならないのもすごいな、と思います。

マルシェで一緒に買い物を
(写真提供 森英恵事務所)

マルシェで一緒に買い物を

パリで社交界デビューした際も“ママモリ”のオートクチュールで(写真提供 森英恵事務所)
(写真提供 森英恵事務所)

パリで社交界デビューした際も“ママモリ”のオートクチュールで

『生誕100年/森英恵/ヴァイタル・タイプ』

『生誕100年/ 森英恵/ヴァイタル・タイプ』

生誕100周年を記念した展示が
故郷、島根で開催する没後初となる大規模展覧会。映画の衣装、オートクチュールのドレスのほか、写真や映像などを含め約400点を通して、森英恵の生き方とものづくりの哲学を紐解く。「働く女性を応援してきた、森英恵のつくる服の質のよさに注目してほしい。間近に見られる貴重な機会です」と学芸員の廣田理紗さん。メトロポリタン美術館収蔵のドレスも特別展示。

『生誕100年/ 森英恵/ヴァイタル・タイプ』

Data
島根県益田市有明町515
開催期間/~12月1日
開館時間/9:30~18:00(最終入場は17:30)
定休日 火曜 観覧料/当日一般¥1,300
アクセス/東京からは萩・石見空港からがおすすめ。東京・羽田空港から萩・石見空港までは約90分、空港から美術館がある益田市内まで車で約10分と、アクセスがいい。一日2便ある。

島根県立石見美術館(島根県芸術文化センター内)

島根県立石見美術館(島根県芸術文化センター内)

屋根も壁面も、地場産の石州瓦で覆った赤茶色の美しい建物。メンテナンスフリーなガラス質の表面で、建築家・内藤廣いわく「数百年はこのままの状態を保つ」。美術館は大小4つの展示室をもち、スケールの大きな企画展を開催。美術館創設の準備段階から森英恵にアドバイスを仰ぎ、ファッションのコレクションに力を入れるほか、職員の制服も森英恵がデザインしている。

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    森英恵といえば、蝶々。では、なぜ彼女が自分のトレードマークを蝶にしたのか、ご存じだろうか。創作の原点である故郷の里山に飛んでいた蝶々に、日本女性の繊細な美しさを重ねて見た。NYで見たオペラの哀れな『蝶々夫人』像にショックを受け、「ひとりの日本の女として、日本や日本女性のイメージを絶対に変えてみせる」と決意し、蝶々をシンボルに世界へ飛び出した……。美しく華麗なファッションと、その裏にある熱い思い、強い意志。戦後の日本女性のリーダーでもあった人の、生誕100年を記念する大規模展覧会が9月から開催中。改めて今知りたい、「森英恵」という生き方。

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    戦後の日本に“洋服のおしゃれ”を手引きした森英恵さんは、やがて国際舞台へ進出。日本の美や伝統、日本女性の繊細な美しさをシンボルマークの蝶々に託した作品に世界が魅了された。彼女はファッションのみならず、アートやカルチャーを伝播する時代の担い手でもあった。

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