【作家・今村翔吾さんインタビュー】時代小説界を疾走中!の気鋭に聞く"進化”の最前線
’22年に直木賞を受賞した今村翔吾さんは話題作を次々に発表するだけでなく、映像化にも意欲的。そこにこめられた思いとは?
カット割りをイメージして殺陣(たて)のシーンを執筆
歴史エンタメで今最も注目されている作品のひとつが、Netflixで配信中の「イクサガミ」。明治初期を舞台に、大金獲得を目ざす強者(つわもの)たちが、決められたルールで戦いながら京都から東京へ向かう“バトルロワイヤル”で、圧倒的な迫力が大きな話題になっている。その原作者・今村翔吾さんは、ある使命感をもってこの作品を書いたという。
「直木賞を受賞して自分の作品作りについて改めて考えたとき、“今までは小説家としての基礎作り。これからは応用編をやっていこう”と思いました。僕には“もっといろいろなかたに本を読んでほしい”という強い気持ちがありますが、時代小説の読者にはシニア世代や男性が多く、若者や女性にも間口を広げなければと痛感しています。そのためのひとつとして考えたのが映像化をイメージして小説を書くこと。『イクサガミ』ではドラマのカット割りを提案する感覚で殺陣のシーンを書いたので、ドラマやゲームで映像に親しんできた人たちが読むと、頭に場面が浮かんでくると思います。東海道の旅ものでもあり、サバイバルゲームでもあり、いろいろな要素があるストーリーなので、たくさんのかたに楽しんでいただけるはず。“原作を読んでみたらこっちもおもしろかった”と思ってもらえたら本当にうれしいですね」
「時代小説は、人間の本質や真理を描かざるを得ないもの。だからおもしろい」
小学5年生のときに池波正太郎の『真田太平記』全16巻を読破したのをきっかけに、時代小説で描かれる人間ドラマに没頭してきたという今村さん。“小説家になるのが夢”となり、ダンスインストラクターなどを経て、書き始めたのは30歳のとき。2年後に念願のデビューを果たすが、それ以来考えているのは“デジタル全盛の今、アナログな時代小説だからこそできること”だ。
「暦や時刻のように現在とはシステムが異なるものがあるなど、時代小説には読者に説明が必要なものが多々ありますが、やりすぎると飽きられてしまう。文字が多すぎて、本を開いたときの見た目が黒っぽくなるのも読者に飽きられる一因。僕は改行したりして、余白を作るようにしています。一方、作中では科学捜査が使えず指紋もとれないから、トリックは作り放題(笑)。文明の利器が排除されることで人間の本質や真理を描かざるを得なくなる。かえって物語としてのおもしろさが増すのではないでしょうか」
「不当な評価を受けている歴史人物を、弁護士になったつもりで再解釈したい」
幼少期から寸暇を惜しんで時代小説や史料を読み続けてきただけに、“身近なできごとやニュースからテーマを思いつくと、頭の中から背景の時代や主人公になる人物を見つけることができる”と今村さん。
「作品になったものをあげると、秀吉配下の若者たちを描いた『八本目の槍』は、同窓会をきっかけに、変わりゆく仲間の人生と変わらない友情を書こうと思った小説。『じんかん』は悪評高い戦国武将・松永久秀が主人公で、SNSでの炎上が話題になったときに頭に浮かんだ人物です。僕は不当な評価を受けている歴史上の人物を解釈し直したいという気持ちが強い。彼らの弁護士になったつもりで書くと筆がのりますね」
“自分を振り返る力”が大事になってくる理由
今村さんは執筆だけでなく書店経営や読者向けのイベントなど多彩な活動にも精力的。そこで実感しているのは女性読者のパワーなのだとか。
「デビューしたころ、僕の読者は男性が8割。でも今は女性が半分近くまで増えてきました。女性読者の特徴は、一度おもしろいと思ったら口コミやSNSなどいろいろな手段を使って作家や作品を推してくれること。読者同士のつながりも圧倒的に女性のほうが強くて、サイン会にチームを組んでやってくるかたたちもいます。とにかく女性読者は楽しむのが上手。作家としては本当にありがたいし、“本にはそういう力があるんだな”ということも感じますね」
“人生に必要なことはすべて学んだ”と語るほど時代小説に魅入られてきた今村さんだが、読者として感じている醍醐味についてうかがうとこんな答えが返ってきた。
「フィクションとはいえ時代小説には史実が含まれていることが多く、“最近もこんな事件があったな”とよく思う。昔の話でもリアリティを感じるし、どうすればいいのか示唆されている気がします。もうひとつ、時代小説の魅力は旅と相性がいいこと。物語の舞台になった場所を訪れると“あの登場人物も同じ景色を眺めたのかな”などと思い、タイムスリップしたような感覚に。食事や景色など、観光の楽しみはいろいろあると思いますが、事前に小説を読んでいると旅がより豊かになります」
さらに時代小説は“人生でいつか役立つもの”をもたらすことも。
「読書を続けるうちに自然と身につくのが知識や教養。特に時代小説にはそれらを培う力や読む人に“自分を振り返って考えさせる力”がある。最近“ライフハック”という言葉をよく聞きますが、今は即効性が求められる時代。でも長い人生の中には
それだけでは解決できない問題もあって、そこに対応できるのが知識や教養から得たものだと思う。僕がここ数年感じているのは、“恥の文化”が薄らいでいるのではということ。他者の気持ちを想像する力が弱い人が増えて、恥じらいや遠慮がない人が目立ってきたというか。そういったことを考えるとき、時代小説にはなにかしらの学びがあるのではないかと思っています」
今村 翔吾
いまむら しょうご●’84年、京都府生まれ。関西大学文学部卒。ダンスインストラクターなどを経て’17年に『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』でデビュー。’20年『八本目の槍』で吉川英治文学新人賞を、同年『じんかん』で山田風太郎賞を受賞。’22年『塞王の楯』で直木賞を受賞。大阪「きのしたブックセンター」など書店のオーナーでもある。
今、最も注目したい、今村作品
今村翔吾
講談社文庫
各¥770~¥1,067
Netflixで’25年11月から全6話配信中の「イクサガミ」は、明治11年、伝説の剣客・嵯峨愁二郎が病で苦しむ妻子の治療代のために莫大な賞金を賭けた"遊び"、「蠱毒(こどく)」に挑むというストーリー。岡田准一、藤㟢ゆみあ、清原果耶、東出昌大など豪華キャストが出演。主演の岡田はプロデューサーとアクションプランナーも兼務。原作は文庫で読める
『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』
今村翔吾
祥伝社文庫 ¥814
『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』は落ちぶれた江戸の武家火消・松永源吾がある藩の火消組織再建を依頼される話。13作まで刊行中の人気シリーズ第1作
『塞王の楯』(上・下)
今村翔吾
集英社文庫 各¥880
『塞王の楯』は戦国時代の一乗谷城の戦いで家族を失った少年が主人公。石垣職人"穴太衆”の塞王に腕を見込まれて成長するが、鉄砲職人"国友衆”にはライバルとなる男がいた。争いの意味を問う直木賞受賞作
直木賞作家多し! 時代小説界を支えてきた作家たち
今村さんは時代小説の流れを第1~7世代に分けてこう解釈している。「黄金期を築いたのが第3世代。人気と実力を兼ね備えた作家ばかりで、その後の時代小説作家はどうしても彼らと比較されることになりました。第5世代には佐伯泰英さんや髙田郁さんなど、手にとりやすい文庫書き下ろし時代小説でヒットを飛ばしているかたがたが。第6世代で目立つのが朝井まかてさんなど実力派女性作家たち。僕はその後の第7世代だと思いますが、映像を意識しはじめた世代でもありますね」。直木賞作家が多く、時代小説の底力を実感する顔ぶれだ。
第1世代
直木三十五 大佛次郎 ほか
第2世代
吉川英治 海音寺潮五郎 山本周五郎 山岡荘八 ほか
第3世代
池波正太郎 司馬遼太郎 藤沢周平 山田風太郎 遠藤周作 ほか
第4世代
宮城谷昌光 北方謙三 浅田次郎 ほか
第5世代
佐伯泰英 山本兼一 髙田郁 ほか
第6世代
朝井まかて 澤田瞳子 ほか
第7世代
永井紗耶子 蝉谷めぐ実 今村翔吾 ほか
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