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村山由佳が骨太に描いた伊藤野枝の生涯【斎藤美奈子のオトナの文藝部】
婦人解放運動家と紹介されることの多い伊藤野枝は、私生活でも度肝を抜くほど濃密な人生を駆け抜けた人だった。村山由佳『風よ あらしよ』は、伊藤野枝の生涯をドラマチックに描いた長編小説だ。瀬戸内寂聴による伊藤野枝の伝記小説、政治学者・栗原 康による評伝もあわせてご紹介。
いろんな人生がある!女性による女性の「評伝」がアツい
①女性の「評伝」話題の4作品
1.「金子文子/エミリー・デイヴィソン/マーガレット・スキニダー」の評伝
『女たちのテロル』
ブレイディみかこ 岩波書店 ¥1,980
人気コラムニストの意欲作
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の著者が愛と共感をこめて描く、100年ほど前に過激に生きぬいた3人の女性。金子文子──無戸籍のアナキスト。虐待と貧困の中で育つが、学問を続けて思想を獲得。エミリー・デイヴィソン──イングランドの女性参政権活動家。マッドな戦略で知られ、刑務所で拷問を受けること数知れず。マーガレット・スキニダー──イギリスからのアイルランド独立を求めた革命家。凄腕スナイパーとしても有名。彼女たちの捨て身の行動が今の私たちの基盤をつくったのかもと思えてくる。
2.「鈴木カネ」の評伝
『チーム・オベリベリ』
乃南アサ
講談社 ¥2,530
時代の最先端にいた女性が開拓地へ
“ページをめくる手が止まらない”という言葉がぴったりの大長編小説。舞台は約140年前の北海道・十勝の原野で、タイトルのチームとはそこを開拓した晩成社をさす。チームのリーダーは3人の男性──依田、渡辺、鈴木だったが、本作の主人公は鈴木の妹で渡辺の妻・カネ。彼女は女性宣教師が開いた横浜の学校で学んでいたが、結婚後は極寒地での事業を支え、アイヌたちとも交流。チーム内外の人々に慕われて教育の場をつくるなど、暮らしを切り開いていく。幅広い作風で知られる作家が描いた大河ドラマのようなフィクション。
3.「宮尾登美子」の評伝
『綴る女 評伝・宮尾登美子』
林真理子
中央公論新社 ¥1,650
大作家の“過去”は本当だったのか
『一絃の琴』『天璋院篤姫』など評伝小説を含む多くの作品を書き、ベストセラーを連発した作家・宮尾登美子。エクラ世代にも愛読者の多い彼女の人生を、親交の深かった作家・林真理子さんがたどったのが本作だが、評伝でありながらちょっとミステリーのよう。なぜか黙して語らなかったいくつかの過去、晩年表舞台から姿を消した理由など数々の謎に迫っているが、根底にあるのは先輩作家への敬愛の念。戦中戦後の困難をくぐりぬけ、その後書くことに没頭した宮尾登美子の生涯は、小説より小説的だったのかもしれない。
4.「伊澤蘭奢」の評伝
『輪舞曲(ロンド)』
朝井まかて
新潮社 ¥1,815
愛人3人と息子が語る伝説の女優
今、最も勢いのある時代小説家・朝井まかてさんが今回主人公に選んだのは、大正の劇壇で活躍した伊澤蘭奢(らんじゃ)。大スター・松井須磨子に憧れた彼女が、夫とひとり息子を郷里の津和野に置いて上京したのは27歳のとき。遅いデビューですぐには役にも恵まれなかったが、主役を張った『マダムX』が大ヒットして名女優に……と思いきや、数え40歳で自らの予言を証明するように突然死去。謎も毀誉褒貶も多かった蘭奢の人生を、4人の男性の視点で描いた物語には、夢と現実の間でもがき続けた女の孤独がにじみ出ている。
②作家・村山由佳さんインタビュー
村山由佳
「野枝は波風立てずに生きることができない人」
家庭と運動の間で揺れた野枝の悩みは今の女性と同じ
「名前は知っていましたが、野枝という女性を特に意識していたわけではなかった。でも資料を読むうちに、編集者がリクエストした理由がよくわかりました。“こんなにも!”と思うくらい、私と重なるところがあったんです。人生の選択の仕方とか、出会った男がいったセリフとか。野枝の2番目の夫・辻潤の“俺の背中を踏み台にしろ”という言葉も、3番目の夫・大杉栄の“恋人であるよりも前に親友であり同志でもある”という言葉も、かつて私がふたりの男性からいわれたものと同じ。“今も昔も弁が立つ男がいいがちなセリフなんだ”と思ったらおかしくなって、野枝にシンパシーを覚えましたね」
貧しい家庭に生まれ、イヤというほど不平等を味わった野枝。悔しさをバネに学び続け、女性の尊厳を無視した結婚制度などについて世に問うていくが、そんな彼女を認めたのが恩師で翻訳家の辻、そして過激な思想で政府からにらまれていた大杉。辻との婚姻中、野枝が大杉の本妻や愛人との間に四角関係を繰り広げたことは有名だが、それゆえ彼女に“奔放な女”というイメージをもつ人も多いかもしれない。
「恋愛感情に正直で、ふたりの男との間に7人の子を産んでからも運動を続けた野枝に、“母親の義務も果たさず理想論ばかり”と感じる人もいるでしょう。でも、女性の生き方の選択肢が少ない時代にそれを増やそうとした彼女の考え方は今のフェミニズムにも通じるし、すごく尊い。資料を読んでわかったのは、そんな野枝でも“家庭の幸せを守りたい”という気持ちと婦人解放運動との間で揺れていたことです。“子供を置いてでも働きにいきたいけれど、それは自分のわがままなのか、正当な権利なのか。女性のほうが悩みが多くてしんどいものだ”と心情を吐露した文章は印象的で、野枝をぐっと身近に感じました」
「なぜか女は雄々しく男は女々しくなりました」
エクラ世代が評伝小説を読むと、気持ちの振り幅が違う
100年も前の女性なのに身近──そんな村山さんの思いが乗り移っているだけでなく、野枝の周囲の人々の感情や時代の匂いまで伝わってきてタイムスリップ感すら覚える本作。事実に独自の見方を織り込んだ評伝小説ならではの深みを感じるが、ご自身も「書き応えがありました」と振り返る。
「机が足りないほどの資料を広げて書きましたが、むずかしかったのは事実と虚構を織り交ぜつつ、その先に一片の真実を薫らせること。そんな評伝小説は読む側にとっても歯応えがあるジャンルかもしれませんが、エクラ世代にはおすすめです」と村山さん。
「ある程度の年齢になってから評伝小説を読むと、心が動く幅が若いころとは比べものにならない。自分の経験を思い出しながら、つまり自分なりに翻訳して読むから浸透度が違うんです。またそこから得たものを今後に生かせるのも、まだまだ体力のあるエクラ世代。もちろん、次の世代への還元も十分可能です。とはいえ“何を読んだらいいかわからない”というかたもいらっしゃるでしょう。そういうときは本の帯や書評を見て、ひっかかりを感じるものを。それもひとつの縁だし、“こういう人生を送った人がいた”という説得力は圧倒的なはずです。シンプルな“泣ける小説”もたまにはいいけれど、評伝小説のように考え込むほど複雑な読後感を得られる小説は格別。きっと人生を豊かにしてくれると思います」
『風よ あらしよ』
集英社 ¥2,200
貧しい家庭に生まれた伊藤野枝は、裕福な叔母の夫に懇願して九州から上京。女学校で猛勉強するが、卒業前にイヤな男との結婚を決められてしまう。しかし平塚らいてうに窮状を訴える手紙を書いて文章力を認められ、『青鞜』に引き入れられることに。辻潤や大杉栄の影響を受けた彼女は、婦人解放運動に突き進んでいくが…。野枝の濃密な人生を複数の視点で描いた村山さん初の評伝小説。
③さまざまな人生の追体験ができる「女性の評伝小説」5作品
1.「田部井淳子」の評伝小説
『淳子のてっぺん』
唯川 恵
幻冬舎文庫 ¥924
女が山に登ることはこんなにも大変だった!
’75年、35歳で女性初のエベレスト登頂に成功した田部井淳子をモデルに、“山ガール”でもある作家がその人生を追った長編小説。女性だけの隊でエベレストを目ざす過程が物語の肝だが、淳子たちを襲う困難──男たちの「女なんかに登れるもんか」という視線、膨大な準備、資金繰りのむずかしさ、女性隊員同士の軋轢、直前のアクシデントなど、本作がなければ知りえなかったことばかり。命懸けの登山の緊張感と達成感はもちろん、大自然に育まれた淳子の負けん気もリアルに伝わってくる。
2.「岡本かの子」の評伝小説
『かの子撩乱』
瀬戸内寂聴
講談社文庫 ¥1,320
息子・岡本太郎をしのぐほど芸術家肌だった母
裕福な家に生まれ、女学校時代に歌人デビュー。その後仏教研究家として有名になった岡本かの子の本当の目標は、小説を書くことだった。瀬戸内寂聴さんの代表作のひとつといわれる本作は、熱い筆致が特徴的。人気漫画家の夫・岡本一平との奇妙な夫婦関係も、かの子を愛する青年ふたりを加えた4人での生活も、常識はずれだが彼女にとっては必然だったと納得させられる。紆余曲折を経て作家として注目されたものの、数年で亡くなったかの子。他に類を見ないその生き方には凄みすら感じる。
3.「林 芙美子」の評伝小説
『ナニカアル』
桐野夏生
新潮文庫 ¥825
賞賛も悪評もあった女性作家の戦時中の秘密
実在の人物を独自の視点でとらえた小説で知られる桐野夏生さん。本作のモデルは作家・林芙美子だが、“芙美子の夫が彼女の回顧録を隠し、彼の死後後妻がそれを発見”という序盤から心をつかまれる。回顧録の内容は年下の男との恋愛だったが、それが秘密にされなければならなかった理由がショッキング! 芙美子が戦時中にペン部隊として派遣された南方の実情、スパイ疑惑がからんだ現地の人間関係など背景もなまなましく、恋にも書くことにも必死だった女性の姿が浮かび上がってくる。
4.「清心尼」の評伝小説
『かたづの!』
中島京子
集英社文庫 ¥836
ファンタジー風味が魅力。女大名の一代記
直木賞受賞作『小さいおうち』などで知られる作家による斬新な歴史小説。江戸時代初期、角が1本だけのかもしかは南部氏当主の妻・祢々(ねね・のちの清心尼)と友情を育み、かもしかの死後はその意識だけが残る。やがて祢々の平穏な生活は叔父の謀略で脅かされるが、彼女を支えたのは亡きかもしかの不思議な力だった。遠野の“叱り角”伝説を史実に取り入れた物語だが、清心尼が女大名になって、領地を治めたのは事実。困難な世の中を生きぬくための彼女の柔軟な考え方は現代にも通じそう。
5.「津田梅子」の評伝小説
『津田梅子』
大庭みな子
朝日文庫 ¥770
わずか6歳で留学した新5000円札の顔
津田塾大学創設者として知られる津田梅子の生涯を、卒業生の作家・大庭みな子さんがつづった一冊。18歳直前にアメリカから帰国後、梅子はかつてのホストマザーに大量の手紙を送ったが、のちに発見されたそれらから作家が読み取ったのは、梅子が切り開こうとした道の困難さ。欧米風の教育を受けた梅子のものの見方は日本のそれとは違い悩んだが、自分の経験を世の中に生かさねばとの思いが強くなって……。歴史上の人物を“今と地続きの時代を生きた女性”として蘇らせた評伝文学の傑作。
④女性の評伝「ノンフィクション・エッセー」5作品
1.「溶姫/鍋島胤子/池田絲ほか」の評伝
『姫君たちの明治維新』
岩尾光代 文春新書 ¥1,078
地下足袋で荒れ地に入植した姫君もいた!
将軍家や大名家、公家の姫君など31人の数奇な人生を歴史ジャーナリストがまとめた一冊。幕末の動乱に巻き込まれた熾仁(たるひと)親王をひたすら待ち続けた水戸徳川家出身の貞子。嫁ぎ先の前田家が現在の東大赤門をつくって迎えるなど丁重な扱いを受けたが、晩年は寂しかった将軍家出身の溶姫。旧佐賀藩主の夫とともにイギリスで社交界デビューした公家出身の鍋島胤子……。多種多様な人生だが、すべての女性から感じられるのはある種の覚悟。人生を運・不運のせいにしてはならないと思えてくる。
2.「石井桃子」の評伝
『ひみつの王国 評伝 石井桃子』
尾崎真理子 新潮文庫 ¥1,034
子供の本の第一人者・101年の人生
『ノンちゃん雲に乗る』の著者、『クマのプーさん』などの翻訳者として有名だが、素顔はあまり知られていなかった石井桃子。彼女が87歳のときの自伝的小説を読んで強い関心を抱いた文芸記者が、石井の晩年に行ったロングインタビューなどをもとに書いたのが本作。児童文学への愛、昭和の青春の光と影、戦後の農村暮らしへの苦い思い……。石井を形成するエピソードを積み上げて完成した労作を読むと、“好き”を続けることや子供の読書の大切さを胸に刻み、次世代に伝えたい気持ちに。
3.「森瑤子」の評伝
『森瑤子の帽子』
島﨑今日子 幻冬舎文庫 ¥913
あの大きな帽子は“鎧”だったのか
38歳でデビューして専業主婦から流行作家になり、52歳で亡くなる直前まで書き続けた森瑤子。もう若くない女の愛と性などをテーマに旺盛な執筆欲を見せ、バブル期には華やかなファッションでも注目されたが、背後には大きな葛藤が。彼女への取材経験のあるジャーナリストによる本作は、保守的な英国人の夫との確執など葛藤の正体に迫っているが、一方で見えてくるのは今も関係者の記憶に残る森の存在感。彼女を知る世代ならその理由を考えてみたくなるノンフィクション。
4.「島尾ミホ」の評伝
『狂うひと「死の棘」の妻・島尾ミホ』
梯久美子 新潮文庫 ¥1,210
ミホは嫉妬に狂うだけの妻ではなかった!
昭和の名作にして私小説の傑作といわれる島尾敏雄の『死の棘』。夫の日記を見て不倫を知った妻が彼を糾弾するうちに神経に異常を来すという内容だが、ノンフィクションを手がける著者は作家でもあった妻・ミホに取材を重ね、その死後は資料を読み込んで衝撃的な事実にたどりつく。巻末の謝辞によると島尾夫妻の長男は著者に「きれいごとにはしないでくださいね」といったという。それに応えた本作はふたりの“書くひと”の狂気に迫ると同時に謎の多いミホの人生を明らかにしている。
5.「レディー・ ガガ/紫式部/向田邦子ほか」の評伝
『この年齢(とし)だった!』
酒井順子 集英社文庫 ¥528
27人の有名女性、転機の年齢は?
誰にでも転機はあるものだが、エッセイストの酒井さんいわく〈彼女達(女性偉人達)は皆、転機を利用することが上手〉だとか。古今東西の有名女性の人生を「転機」を切り口に読み解いた本作は、驚いたり感動したりしながら凡人の自分を見つめ直したくなる。レディー・ガガが「怖いもの知らず」になったのは11歳で名門女子校に入学したのがきっかけ!?、亡くなる前に死の準備をしていた向田邦子51歳の自立心など、読みやすいエッセー集だが27人の個性を鋭くとらえている。
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