「拓本」ならではの美を、奈良で。

今、「拓本」が静かなブームです。ごくごく個人的に。

拓本に一番なじみがあるのは、書を嗜まれる方々だと思います。初唐の三大家など、古いお手本はたいてい碑文から採ったものなので、文字と地が白黒反転していますね。

拓本は凹凸については精度の高い原寸大の記録方法であるため、文化財の調査・修復に際して採られたものが数多く存在します。目的は"記録"とはいえ、「原寸大」というのは侮れません。作品のオーラが宿り、現物から目で捉えるのとはまた別の美しさを引き出すこともあるほど。

そんな拓本の魅力を知ることができるのが、現在、奈良大学博物館で開催中の『東大寺龍松院 筒井家所蔵拓本展 ―大和古寺の国宝・重要文化財―』(~8/31)です。前期・後期で一部を入れ替え、計91件の拓本を展示。平日と土曜午前の開館ですので、「避密」の旅の目的地としておすすすめします。

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「聖林寺十一面観音菩薩立像光背」(前期展示、~7/21)
インスタグラムからの振りの都合で、まずは「聖林寺十一面観音菩薩立像光背」(前期展示、~7/21)からご紹介を。全体はもちろんあらゆる細部の曲線に目を凝らしても、うっとりするほどの美しさです。拓本で鑑賞すると、現物で見る以上に宝相華唐草の上へ上へとのびゆく生命力が感じられるはず。そして、モチーフのアウトラインや彫りのエッジがくっきり際立つことで、自然美と人工美の巧みな融合が、文字通り"浮き彫り"になっています。天平期の工人たちの意匠力と技術のレベルの高さがビシビシ伝わってくる、貴重な拓本です。

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「興福寺板彫十二神将立像」のうち、左から迷企羅大将、真達羅大将、珊底羅大将 (前期展示、~7/21)
もうひとつ、前期展示から「興福寺板彫十二神将立像」をご紹介。こちらは原像が平安時代に作られたレリーフゆえ、まさに拓本向きの表現です。しかし、「彩色が微妙に残りつつ、素地が見えているアレを採拓?」と、思わず唾を呑んでしまうのも事実。拓本は、濡らした紙を作品に密着させてしっかり空気を抜き、上からタンポで墨打ちすることで、凹凸で表された文字や図像を写しとります。その過程を考えれば当時としてもかなりの冒険ですし、高解像度写真や採寸技術が発達した現代では、文化財保護の観点から許可が下りることはないでしょう。

では、なぜこうした貴重な奈良の文化財が拓本として残っているのか? それは、東大寺別当を務めた筒井英俊氏、寛秀氏、寛昭氏によって三代にわたり採拓・収集されたから。時期としては大正期以降の戦前が中心で、法隆寺献納宝物の拓本は明治以前に遡るのかもしれません。各お寺との深いご縁や関係性があって形作られたコレクションと言えます。

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「東大寺盧舎那仏台座蓮弁」(部分、通期展示)
「東大寺盧舎那仏台座蓮弁」(部分、通期展示)
「東大寺盧舎那仏台座蓮弁」(部分、通期展示)
「東大寺盧舎那仏台座蓮弁」(通期展示)
当然ながら、お膝下である東大寺関連の文化財の拓本も充実しています。上は、大仏様の巨大な台座蓮弁から採ったもので、写真4枚目の全図の紙の天地が256cm! 傷みはありながらも開眼当初の姿をよくとどめ、丁寧な線刻が施されていることがわかります。その表現には厳しさもあり愛らしさもあり、天平期の絵画表現として貴重。この蓮弁のレプリカ展示は昔から大仏殿にあったように思いますが、多くの人は記念写真に夢中でそれどころではなかったはず……。こんなに素晴らしき蓮華蔵世界が描かれていたことに、子供の頃に感動したかった。

拓本の現物を観察すると、蓮弁の際などは部分的に採ったものを切り貼りしてひとつのイメージとして仕上げてあります。アナログ的手法による「合成」が泣かせます。

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「東大寺法華堂不空羂索観音立像宝冠化仏光背」(通期展示)
「東大寺法華堂不空羂索観音立像宝冠化仏」(通期展示)
こちらは法華堂ご本尊の宝冠にある銀製の阿弥陀如来立像の光背の拓本。透かし彫りの見事さが拓本でくっきりと現れます。2枚目がお像のもので、像高は24cmほど。これらは戦前に化仏を含む宝冠の一部が盗まれ、それが無事に戻ってきた昭和18年に採拓したのだそう。超精巧な宝冠から化仏だけを取り外す機会はそうそうないので、背中や光背の様子がわかるありがたい資料と言えます。お像の右手の施無畏印は手前に出ているので、手のみ採拓して貼り付けと、仕上げも細やか(ただし、胸や腕が隠れないよう配慮して、右手の位置は実際より下です)。

7月に奈良へお出かけの際は、ぜひ奈良大学博物館の「拓本展」へも足をお運びください。できることなら、これら拓本の鑑賞前にお寺で文化財の実物をご覧になることをおすすめします。現物と拓本を比較することできっと新たな発見があるはず。近場でじっくり見られる原像は、このあたりです。

●東大寺ミュージアム
「金銅八角燈籠火袋羽目板 音声菩薩(鈸子)」(※拓本は前期展示、~7/21)
「誕生釈迦仏立像」
「西大門勅額」

●興福寺国宝館
「板彫十二神将立像」(※拓本は前期展示、~7/21)

なお、現在、東大寺の戒壇堂が改修工事に入っているため、東大寺ミュージアムには塑像の国宝「四天王立像」がお出まし中。個人的にはお堂で見たい派ですが、かつて法華堂で共に祀られていたとされる国宝の「日光・月光菩薩立像」と合わせて拝観できるのは大きな喜びです。

『東大寺龍松院 筒井家所蔵拓本展  大和古寺の国宝・重要文化財』

『東大寺龍松院 筒井家所蔵拓本展 大和古寺の国宝・重要文化財』

東大寺龍松院・筒井家が所蔵するコレクションから、奈良を代表する飛鳥~平安期の仏教美術の拓本91点を展示。会期中、一部展示替えあり。
[会場] 奈良大学博物館(奈良市山陵町1500)
[会期] ~8/31(前期 ~7/21、後期7/24~8/31)
[休館日] 日曜・祝日、8/13~8/18
※学校行事等により、開館時間の変更や臨時休館する場合あり。
奈良大学博物館HPの開館カレンダーをご確認ください。
[開館時間等] 9:00~16:30(土曜は~12:00) 入場無料
(※学外者は正門にて検温と入構届の記入が必要)  
[問合せ先] ☎0742・44・1251 
[アクセス] 最寄りは近鉄京都線「高の原」駅。駅からは奈良交通バス
「奈良大学構内」行または「学園前駅」行(「奈良大学」下車)で約5分。
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