エッセー集『ぜんぶ 愛。』につづられた思いとは?安藤桃子さんインタビュー

父・奥田瑛二からは個性的すぎる教育を、母・安藤和津からはたっぷりの愛情を受けて育ち、現在映画監督として活躍する安藤桃子さん。エッセー集『ぜんぶ 愛。』には“著名人の娘”という目で見られて悩んでいた彼女が映画の世界に飛び込んだ経緯、そして結婚・出産・離婚を経験した移住先の高知で暮らしを楽しむ様子がいきいきとつづられていて、読む人の心を離さない。安藤さんのバイタリティに魅了される一冊だ。

3秒で移住を決めた高知は人も自然も豊かな愛にあふれた土地でした

安藤桃子

「私はいつも今と先のことを考えていて、過去を振り返る思考回路がないんです。だからこれを書くのは初めての“記憶の蓋を開ける”作業でした。おもしろかったのは五感で鮮明に覚えていることがある半面、写真を見ても思い出せないことがあること。落差が激しいんです(笑)。読み返してみたら、自分の話なのにそこに出てくるほかの人物の気持ちで書いていることも多くて、“映画監督っぽい視点だな”と思いました」

そんな視点だからこそ生まれるのが客観性。留学中に人種差別を受けたこと、助監督時代は3分で弁当をかき込んでいたこと……数々のタフな経験も、そのときの状況や関係者の心情にまで思いを馳せているので、ウェットな話にならない。なにより、いつも前を向こうとする安藤さん自身が、どこかユーモラスなほど吹っ切れているのだ。

「かつて父にスキャンダルが出たこともありましたが、母はそのことを知っていたし、意外かもしれませんが私や妹に悲しんでいる姿を見せなかった。知らないかたからいろいろな言葉をいただく家庭でしたが、母はいつも“物事をどんな角度から見るか、どう幸せにつなげていくか”を考えていたんです。その大切さを理解できたから、私は家族を裏切らないことを誓ったし、“安藤家には安藤家にしかわからないことがあるように、何事も当事者にしかわからないことがある”と考えるようになった気がします」

そんな安藤さんがロケ先の高知を3秒で気に入り、暮らしはじめて7年。監督業以外にもミニシアターの代表として、子供たちのための活動の旗振り役として、地元のかたがたと動きまわる毎日はにぎやかだ。


「走りながら考えるタイプの私を見て、周囲の人たちも巻き込まれるように動きだすみたい(笑)。それがいい結果につながっていますが、忘れないようにしているのはあたたかな気持ち。どんなに忙しくても娘の写真を見ると笑顔になります。そんな気持ちがまわりに伝わってゆく。コロナ禍を経験して、人と人との距離も人と自然との距離も近い高知のよさが改めてわかりましたが、これからもここからいろいろなことを届けていきたい。愛にあふれた高知はきっと、“一周遅れのトップランナー”なんです」

ぜんぶ 愛。

『ぜんぶ 愛。』

役にのめり込み、外科医役のときは娘の指の傷を縫合した父。娘の異変に気づいた翌日には留学先のロンドンに向かった母。父の仕事を手伝ううちに映画に恋した自分のこと。安藤さんが出合うものすべてに愛を感じる理由がわかるエッセー集。集英社インターナショナル ¥1,650

あんどう ももこ●’82年、東京都生まれ。ロンドン大学芸術学部卒。’10年に『カケラ』で監督・脚本デビュー。’11年に小説『0.5ミリ』を刊行。同作を自らの監督・脚本で映画化し、報知映画賞作品賞などを受賞。’14年に高知県に移住。
ミニシアター「キネマM」の代表を務めるほか、子どもたちが笑顔の未来を描く異業種チーム「わっしょい!」では、農・食・教育・芸術などの体験を通し、全ての命に優しい活動にも愛を注いでいる。
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