【50代が読むべきおすすめ本】コロナ禍を新しい視点で描いた小説『彼女が言わなかったすべてのこと』など3冊

アラフィー女性に読んでほしいおすすめ本を、文芸評論家・斎藤美奈子さんがピックアップ。今回は、パラレルワールドを描いたコロナ小説『彼女が言わなかったすべてのこと』ほか計3冊を紹介。
斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『日本の同時代小説』『中古典のすすめ』『忖度しません』『挑発する少女小説』ほか著書多数。最新刊は『出世と恋愛 近代文学で読む男と女』(講談社現代新書)。
彼女が 言わなかった すべてのこと

『彼女が言わなかったすべてのこと』

桜庭一樹

河出書房新社 ¥1,870

コロナが存在する「向こうの世界」と存在しない「こちらの世界」。2つの世界が同時進行するパラレルワールドを描いたコロナ小説。SF的な設定ながら、これといった事件が起こるわけではなく、波間と中川君、それぞれのリアルな現実が描かれる。緊急事態宣言と聞いて「まるで戦争が始まるときみたいだな。フィクションみたい」と感じる波間の感受性に妙に共感してしまう。

コロナ禍を新しい視点で描いた異色のフィクション!

新型コロナウイルス感染症の発生から丸3年が経過した。今年5月には感染症法上の位置づけがインフルエンザなどと同じ5類に移行し、終息とはいえぬまでももとの日常が戻ってきた。あの3年間は何だったの?と思っている人もきっといますよね。

フィクションの世界でも「コロナ小説」が続々と生まれている。


桜庭一樹『彼女が言わなかったすべてのこと』は壮大な仕掛けを凝らした異色のコロナ小説だ。


 ’19年9月、主人公の小林波間(32歳)は、通り魔殺人の現場で大学時代の同級生・中川君と偶然再会した。ふたりはLINEを交換してまた会おうと約束するが、なぜか以降は、同じ場所にいるはずなのに会うことができない。どうやらふたりは別々の東京で暮らしており、LINEでしかつながれないらしい。そう、これはパラレルワールドものなのだ!


年が明けて’20年、中川君から切迫したLINEが次々に送られてきた。〈小林。そっちの世界でも、中国でやばめの感染症が広がってるってニュースを聞くか?〉〈コンサート、演劇。中止、延期。怒濤のニュース。つぎつぎ。急にびっくりだよ!〉〈こっちさー、東京オリンピック延期かも……?〉

 
波間はどう応じてよいかわからない。彼女が住む「こちらの世界」ではコロナ禍は発生していないし、オリンピックに向けた準備も着々と進んでいたからだ。

が、そうこうするうち中川君とは連絡がとれなくなり、いくらLINEをしても既読がつかない。最後に送られてきたLINEでは中川君は発熱で苦しんでいるようだった。〈体調悪い。熱もあってだるい。発熱外来も混んでて。それに陽性ってわかっても治療受けられないだろうし〉。中川君は大丈夫なのだろうか。

 

’20年から’21年(第1波から第4波)のころまでの緊迫した状況がまざまざと蘇る。と同時にパンデミックを「外」から見たらこんなふうに現実感がなかったのだろうなとも思う。あの時期はやっぱりいろいろ異常だったのだ。

とはいえ、波間にとっても「向こうの世界」は他人事ではなかった。彼女自身も悪性腫瘍があると診断され、半年間の点滴治療のあとで摘出手術を受け、さらに数年にわたるホルモン治療が必要という、闘病生活の中にいたからだ。


集団的な感染症と個人の病。状況は違っても、ふたりが立ち向かっている現実はともに厳しい。とかく緊急事態宣言下での不自由な生活にフォーカスしがちなコロナ禍を原点である病の問題としてとらえた佳編。波間のいる世界ではコロナによる死者は出ていない。それを知った中川君がふと呟(つぶや)く〈パラレルワールドってさ、あの世みたいだな。こうなってみるとさ〉という言葉が印象的だ。

あわせて読みたい!

『 赤朽葉家の伝説 』

『赤朽葉家の伝説』

桜庭一樹

創元推理文庫 ¥880

数々の桜庭作品の中でもイチ押しはこれ。山陰の山奥で伝統的製鉄法「たたら製鉄」を営む名家を舞台に、数奇な運命を生きる母娘3代を描く。未来が幻視できる万葉。レディス暴走族の頭から少女漫画家に転じた娘の毛毬。そのまた娘で一家の謎に挑む瞳子。3人とも魅力的。

『 嫌いなら呼ぶなよ 』

『嫌いなら呼ぶなよ』

綿矢りさ

河出書房新社 ¥1,540

マスク生活が快適すぎ、美容整形にかこつけて顔の上半分を包帯で隠して通勤する女性。外出しなくなった時間のほとんどをユーチューブの視聴にあててしまったアルバイター。コロナ禍を描いた4編からなる短編集。ちょっと毒っ気を含んだ筆致でクスリとさせられる。

Follow Us

What's New

  • 【市川團十郎インタビュー】市川團十郎47歳。今、絶対見ておくべき理由

    團十郎の舞台が今、すごいことになっている。「5月の弁慶を見て自然に涙が出た」「今このときに向かってすべてを調整してきたと思わせる素晴らしい完成度」。歌舞伎座の内外ではもちろん、SNSでも最近こんな感想によく出会う。市川團十郎、47歳。キレッキレの鋭い印象はいつのまにか「頼もしさ」に、そして見たものを燃やし尽くすかのような勢いある目力にはいつしか温かさが宿っている。今や目じりのしわまでが優しげだ。かと思えば舞台から放たれるオーラは常に別格。にらまれたらそれだけでもうエネルギーがわいてくる。私たちにはマチュアな進化を遂げつつある團十郎さんの歌舞伎が必要だ!歌舞伎界の真ん中を生きる團十郎さんが、歌舞伎への思いを真摯に語ってくれた。

    カルチャー

    2025年7月1日

  • 【雨宮塔子 大人を刺激するパリの今】洗練された甘さを味わえるアフタヌーンティーへ

    雨宮塔子さんによる連載「大人を刺激するパリの今」。14回目のテーマは「洗練された甘さ」。仕事仲間に推薦されたアフタヌーンティーのお店をご紹介!

    カルチャー

    2025年6月30日

  • おいしく食べて飲んで元気に!健康や食がテーマのおすすめ本4選

    何をするにも元気な体があってこそ。そのためには体づくりやきちんとした食生活が大事。そこで今回は、「食や健康」がテーマのおすすめ本をご紹介。毎月お届けしている連載「今月のおすすめ本」でこれまで紹介してきた本の中から、4冊をお届けします。

    カルチャー

    2025年6月30日

  • 雨と晴天の話をするーParler de la pluie et du beau temps.【フランスの美しい言葉 vol.22】

    読むだけで心が軽くなったり、気分がアガったり、ハッとさせられたり。そんな美しいフランスの言葉を毎週月曜日にお届けします。ページ下の音声ボタンをクリックして、ぜひ一緒にフランス語を声に出してみて。

    カルチャー

    2025年6月30日

  • 【吉沢亮インタビュー】芝居が好きです。役づくりが大変なほど逆に燃えるんです

    女形という難役を、見事に演じきった。話題の映画『国宝』で吉沢亮さんが演じるのは、極道の一門に生まれながら、ゆえあって歌舞伎の世界に飛び込み、女形役者として波乱の生涯を生きぬく男・喜久雄だ。

    カルチャー

    2025年6月29日

Feature
Ranking
Follow Us