【夏の文芸エクラ大賞】第7回大賞作品発表! アラフィーが一気読みしたくなる1冊とは?

雑誌エクラで書評を担当している文芸評論家とライター、担当編集者がこの1年間に出版された本で最もおすすめしたい本を、忖度なしで厳選! 大賞に輝いたのは石田夏穂著『黄金比の縁(えん)』。選考会の様子もお届け。

文芸エクラ大賞とは?

私たちは人生のさまざまなことを本から学び、読書離れが叫ばれて久しいとはいえ、本への信頼度が高いという実感がある世代。エクラではそんな皆さんにふさわしい本を選んで、改めて読書の喜びと力を感じていただきたいという思いから、’18年にこの賞を創設。


選考基準は、’23年6月~’24年5月の1年間に刊行された文芸作品であり、エクラ読者に切実に響き、ぜひ今読んでほしいと本音でおすすめできる本。エクラ書評班が厳選した、絶対に読んでほしい「大賞」をはじめ、ほかにも注目したいエクラ世代の必読書や、書店員がおすすめのイチ押し本を選定。きっと、あなたの明日のヒントになる本が見つかるはず!

▼4人の選者
文芸評論家 斎藤美奈子
本や新聞、雑誌など多くの媒体で活躍。文学や社会への的確で切れ味鋭い批評が熱い支持を集めている。

書評ライター 山本圭子

出版社勤務を経てライターに。女性誌ほかで、新刊書評や著者インタビュー、対談などを手がける。

書評ライター 細貝さやか

本誌書評欄をはじめ、文芸誌の著者インタビューなどを執筆。特に海外文学やノンフィクションに精通。

書評担当編集 K野

女性誌で書評&作家インタビュー担当歴20年以上。女性誌ならではの本の企画を常に思案中。

第7回 文芸エクラ大賞発表!

『黄金比の縁(えん)』

『黄金比の縁(えん)』

石田夏穂 集英社 ¥1,650

10年前、小野は株式会社Kエンジニアリングの人事部新卒採用チームの一員に。それまで花形部署の「尿素・アンモニアチーム」にいたが、「ある誠にしょうもない出来事」のためにプロセス・エンジニアとしての未来に終止符を打たれたのだ。納得できない彼女は会社へのひそかな復讐を始めるが……。就活の裏側を理系出身らしい観察眼とクールな笑いで描いた小説。

“リケジョの憂鬱”をセンスよく描いて見事。お仕事小説も相対化の時代に入った!

━━文芸評論家 斎藤美奈子

みんなが知っていた就活のうさんくささを逆手にとる発想が痛快。

━━書評ライター 山本圭子

奇抜だがリアルな話。デビュー2年目の作品とは思えない筆力に圧倒された。

━━書評ライター 細貝さやか

想像の斜め上をいく主人公にびっくり。“どうする、どうなる!?”と一気読み!

━━編集 K野

受賞コメントをいただきました! 作家・石田夏穂さん

作家・石田夏穂さん
撮影/大槻志穂

就活はなかなかに不思議な体験でした。自分がなぜいまの会社に採用されたのか、逆に何であの会社には採用されなかったのか、その理由は永遠に謎に包まれています。しかし、いまになって想像するのは、きっと、大した理由はなかっただろうということ笑。人間の判断には、いい意味でも悪い意味でも、必ず血が通っていると思います。その残酷さと、ままならなさと、そして、そこに実は見え隠れする救いのようなものを、本作で表現したいなあと思いました。でもやっぱり自分が採用されたりされなかったりするのは「縁」の一言なのかもしれません!笑

今年も盛り上がった選考会。 本音を語ったその内容は?

今年目立ったのは “女性の怒りが伝わる本” ! ?

K野 7回目になった文芸エクラ大賞ですが、今年も多彩で読み応えのある本がそろいましたね。

山本 衝撃的だったのが『いい子のあくび』。職場でも私生活でも“いい子”を続けてきた女性が、ながらスマホの人をよけず、わざとぶつかっていく話。気持ちはわかるけど……。

細貝 彼女は何事も先に気がつくタイプで“いつも自分がみんなに何かしてあげている”と不公平を感じる。若い女性の中に澱(おり)のようにたまっていくむかつきがリアルでした。

K野 その『いい子のあくび』より主人公の怒りが強かったのが『黄金比の縁』。工場設計請負会社の花形部署から新卒採用チームに配属された女性が、不当な辞令に怒り会社に復讐するのだからびっくり。

山本 彼女は「顔のパーツが縦も横も黄金比を満たす者=顔の整った者は退職率が高い」と気づき、会社に不利益なそういう人物を採用しつづける。でも採用の評価軸って意外と定まっていなかったりするからバレない(笑)。

斎藤 女性のお仕事小説はここ30年ほどの間に増え、上司との軋轢なども普通に書かれるようになりましたが、作者の石田さんはちょっと引いた目で“会社”を見ている。ウジウジ悩んでいないで次の行動を起こす主人公がある意味爽快でした。

細貝 私が衝撃を受けたのはトルコからイギリスに亡命した作家が自身の体験をもとに書いた『イスタンブル、イスタンブル』。「ひとたび戦争が起こればこんな悲惨なことが起こりえる」と思えてならなくて。

山本 河﨑秋子さんの直木賞受賞作『ともぐい』は明治の北海道を舞台に熊と人間の戦いが描かれていた。震えがくるような迫力でした。

斎藤 「人間と獣の境目とは」と価値観を揺さぶられますよね。

女子会ノリの楽しさは今や小説の世界にも

K野 タイプは違いますが『照子と瑠衣』も価値観を揺さぶられた小説。暴走する70歳の女性ふたりが痛快で、「年をとったら周囲に迷惑かけちゃダメ」と思えなくなった(笑)。

斎藤 ここ数年、年齢を重ねてからの女性の友情をテーマにした小説が多いですね。もはやジャンル化しているし、作家も女子会ノリを気持ちよく書いている気がします。

細貝 “奥さまと女中もの”ですが、『襷(たすき)がけの二人』もそういう一冊。年齢も性格も立場も違う千代とお初の関係性が新鮮でした。


斎藤 デリケートな問題で悩んでいた千代がそれをお初に打ち明けるとお初も自分の秘密を……という場面がふたりの友情のターニングポイント。女性が口にしにくい体の問題を、元芸者のお初を通してうまく描いていました。

K野 そういえば大ヒット作『成瀬は天下を取りにいく』とその続編もベースにあるのは主人公と幼なじみ・島崎の友情や信頼関係でした。

斎藤 ふたりでM-1に出るなんて大人が読むと驚くかもしれませんが、今どきの若者感覚ですね。

山本 青春小説って読むと素直な気持ちになれていい。『リラの花咲くけものみち』もそうで、獣医を目ざす主人公の苦労が報われるようにと祈りながら読んで号泣でした。

斎藤 作者の藤岡さんはデビュー作も看護学校の話で医療もの。彼女の進化を感じましたね。

細貝 私が勇気をもらったのはアメリカ発のベストセラー『化学の授業をはじめます。』。虐げられてきたシングルマザーから“私には価値がある”と思うことの大切さを教えられました。

“あるある”だけで終わらない。だから小説はおもしろい!

K野 『シェニール織とか黄肉(く)のメロンとか』は50代の女性3人の話ですが、彼女たちの家族の話でもある。軽妙さの中に真実味があって、友人の話を聞いているようでした。

細貝 エクラ世代に“どストライク”と思ったのが『墓じまいラプソディ』。お墓について話し合ううちに、登場人物の本音や家族制度の問題点が明らかになっていく。「お墓問題は知識と覚悟が大事」と痛感しましたね。

山本 『娘が巣立つ朝』には子供の結婚資金、夫の不機嫌、妻の体調不良など、50代夫婦に次々に起きる問題が描かれていた。ドキュメンタリーを見ているみたいでした。

K野 「正しさとは?」と考えさせられたのが『方舟を燃やす』。主人公のひとりは“自然食主義”で、子供へのワクチン接種を拒むんです。

斎藤 “リアルに身近にいそう”と思わせる人が登場し、みんなが直面している問題が文学に出てきていると感じます。こうやって見ていくと、今年も女性作家がさまざまなジャンルの小説を書き、収穫が多かったですね。

細貝 ノンフィクションでは川内有緒さんの『自由の丘に、小屋をつくる』と佐々涼子さんの『夜明けを待つ』をぜひ。川内さんの本は、モノを「買う」から「作る」へと発想を大転換した彼女の試行錯誤ぶりからたくさんの気づきを得られるはず。『夜明けを待つ』は『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』などを書いたノンフィクション作家の本。悪性脳腫瘍と告知されたあと彼女がつづったあとがきを読んで、しなやかな強さに胸を打たれました。

山本 詩人の伊藤比呂美さんと作家の辻村深月さんのエッセーもすごくよかった。伊藤さんの『野犬の仔犬チトー』は、おびえる野犬を見捨てられない心境がわかる気がして。辻村深月さんの『あなたの言葉を』は、彼女が幼いころの感性を失っていないことに驚かされた。大人の心にも響きます。

K野 さてこのあたりで大賞の選考に移ろうと思いますが……。

細貝 衝撃度でも新鮮さでも一番だったのは『黄金比の縁(えん)』。人が人を選ぶという行為のいいかげんさがシニカルな笑いとともに描かれ、ヒヤリとさせられました。

山本 人が“縁”という言葉を使うときの心理に納得、共感でしたね。


斎藤 「よく考えるな、こんなこと」とびっくりしました。“会社あるある”を分析的に見ていて、表現のセンスもいい。こういう“理系の会社を描ける作家”は貴重な存在です。

K野 私も賛成です。それでは大賞は『黄金比の縁』に。今年も充実した話し合いができたと思います!

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