【緒川たまきさんインタビュー】木ノ下歌舞伎『三人吉三廓初買』で演じる“凛々しい女性”

木ノ下歌舞伎『三人吉三廓初買』に出演する緒川たまきさん。緒川さんが演じるのは刀剣商・木屋文里の女房おしづだ。舞台への思いから、緒川さんの透明感の秘訣まで聞いた。

つらい現実を耐えしのび、未来に命を託す。そんな凛々しい女性を

緒川たまきさん
見るとなぜか落ち着く。理屈じゃなくて無性に聴きたくなる。緒川たまきさんは、歌舞伎や邦楽などの古典芸能が子供のころから気になっていたという。
「でも現代演劇の役者が古典の舞台に立つことはむずかしいと思っていました。だから木ノ下歌舞伎の舞台に立てることは、私にとって最も幸せな恋の成就なんです」

この9月に念願の初出演を果たす。通称キノカブ。主宰の木ノ下裕一が綿密に監修・補綴(ほてい)を手がけ、そのつどさまざまな演出家とタッグを組み、古典歌舞伎の何層にも重なる豊饒な世界を現代の役者たちの肉体を通して舞台の上に昇華させてきた。今回の演目は河竹黙阿弥原作の『三人吉三廓初買(さんにんきちざくるわのはつがい)』。「月も朧に白魚の」といった七五調の台詞や体言止めの連続など、特徴ある台詞で知られる。
「口にしてみて案外違和感がないんです。このルールがあることで江戸の人にグッと近づけそうな気がしています」

緒川さんが演じるのは刀剣商・木屋文里の女房おしづだ。
「夫は吉原の花魁に入れあげていて、その女性は妊娠もしている。でもおしづはとてもできた女房で、夫を責めるどころか新しい命をともに育もうとするんです。こういう境遇の女性に私たちはつい鬼のような修羅の側面を想像してしまいますが、おしづはそんなところを決して見せないんですね。現実を耐えしのび、あくまでも未来につながる道を選ぼうとする。そんな凛々しさがあるんです。初演のころ江戸では流行(はやり)病や災害が続いていたそうで、現実があまりにも苦しかったから、おしづという女性にある種の救いやファンタジー性を担わせたのかもしれません」

このお芝居、初演は安政7年の正月だという。おめでたいどころか因果が複雑にからみ合う物語だ。
「吉三という名の若者たちの切った張っただけでなく、えぐみも含んだ中年の男女の恋の話もあって、なにしろ業の深い人々が右往左往しています。こういう登場人物たちが、見る人々の身替わりとなって、厄とか穢(けが)れを引き受けてくれていたのかもしれません」

熱っぽく語る姿を改めてまじまじと見つめると、とにかく透明感がすごい。竹久夢二が描く少女のようだ。その秘訣は何だろう。
「いやいやいや~」と盛大に照れながら消え入りそうな声で「しいていえば“ワタシ三人組”のおかげかな」という答えが返ってきた。
「お化粧でもお洋服でも、自分が機嫌よく過ごせた日とそうでない日とで何が違ったのか。ここがよかったよといってくれるワタシと、ここがダメだったよと指摘してくれるワタシ。そして本体の私。なぜ今日はイマイチだったのかなあとかひとりでウジウジするより楽なんです。ウフフ、変ですよね(笑)」
緒川たまき

緒川たまき

おがわ たまき●映画『Pu プ』で女優デビュー後、数多くの映画やドラマ、舞台など幅広いジャンルで活躍。主な出演舞台に『広島に原爆を落とす日』『キネマと恋人』『修道女たち』ほか多数。’20年に演劇ユニット「ケムリ研究室」を立ち上げ、舞台『ベイジルタウンの女神』『砂の女』『眠くなっちゃった』の作品作りにかかわる

東京芸術劇場Presents
木ノ下歌舞伎『三人吉三廓初買』

東京芸術劇場Presents 木ノ下歌舞伎『三人吉三廓初買』
厳しい現実に追われながらも新しい一年に希望を託して生き延びようとする三人の吉三たちと、彼らを取り巻く人々の人生を描く群像劇。
監修・補綴を木ノ下裕一。杉原邦生の演出で。
9/15 ~ 29、東京芸術劇場
問☎0570・010・296(東京芸術劇場ボックスオフィス)
※長野、三重、兵庫公演あり

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