【ジェーン・スー×三浦しをん対談-前編-】ふたりが友人から言われて心を動かされた一言とは?

経験豊富なアラフィーは“言葉”とどう対峙し、どんな言葉に心を動かされたのか──。フェイクニュースや生成AIまで登場し玉石混淆な情報が飛び交うこの時代に、大切にしたい言葉のヒントがここに。ジェーン・スーさんと三浦しをんさんにとって大事な言葉とは何かを聞いた。

自分らしくいればいい。友の言葉に今も感謝

ジェーン・スー(以下・スー) 言葉を扱う仕事をしているので、もちろん人の言葉に支えられたことも、背中を押された経験もあるんですが、いわゆる偉人の言葉みたいなものは、あんまりピンとこない……かなぁ。だから、座右の銘に関しては、いつも「ありません」って答えています。

三浦しをん(以下・三浦) 私も。どうしてもといわれたら〈ナスがママならキューリはパパだ〉※1と答えてます。アニメの『平成 天才バカボン』の歌詞で、嘉門達夫(現・嘉門タツオ)さんの作。いい意味でくだらなくて、好きだなって。


スー アッハハ、人を食ってていい! 自分が影響を受けた言葉というと、最初に入った会社の友だちにいわれたことが印象に残ってますね。私、事務能力がまったくないので、完徹して必死にやってた経費精算の数字が、毎回違ってたんですよ。ついには経理の人から「何が書いてあるかわかりません」って戻されたり。

三浦 ひゃー。

スー そういうことばかりで落ち込んでたときに、友だちに「普通のことは普通の人にやらせておけばいいんだよ」といわれて……劣等感でいっぱいの私を励ますためにあえて乱暴ないい方をしてくれたんですけど、すごく救われました。思えば子供のころから、いわゆる「女の子らしいこと」が全然できなかったんですよね。気くばりとか控えめとか、学生時代はサラダの取り分け的なことに気が回らなかったりとか。

三浦 うんうん。

スー 大人になったらなったで、声は大きいし自己主張もするけど、相変わらず女性が得意な仕事とされることが全然できない。それがコンプレックスだったり、自分の可能性を見限る原因になったりしてたんですけど、そうか、餅は餅屋で、苦手なことを無理してできるようになる必要はなくて、私は私ができることを探せばいいんだって。あの言葉は、かなり自分の背骨をまっすぐにしてくれたように思います。

三浦 偶然だけど、私の場合もすごく似てて……。映画の勉強をしたくて大学の文学部に入ってたころ、このままだと就職もできないだろうから何か資格でも、と思って、教職に必要な授業をとろうとしたんですよ。そうしたら女友だちが「そんなのとって、どうすんの? あんた先生とか絶対向いてないし、今、自分がやりたいことに時間割いたほうがよくない? もしどこにも就職できなかったら私が食わせてあげるから」って。

スー すごい!


三浦 でしょう? 自分が好きなこと、やりたいことをやったほうが絶対人生楽しいし、それでうまくいかなくてのたれ死んでもいいじゃん、何を恐れることがあったんだって、すごく腑に落ちたんですよね。以来、そういうモットーで生きてます。

スー お互い、いい友だちがいてよかったですね。その言葉をいった本人がまったく覚えていないというのがまた、あるあるなんですけど。

三浦 アハハ。私はその友だちとは疎遠になっちゃったけど、今でもその言葉はありがたかったなと思う。そもそも私、人の話をあんまり聞いていないし、記憶力もすごく悪いから、自分がいったことも聞いた言葉もほとんど忘れてるんですけどね(笑)。

※1 嘉門達夫作詞・作曲『その日は朝から夜だった』より

ジェーン・スー×三浦しをん対談

誰もが求める「正解」をあえていわない勇気

スー ふだん、ラジオで相談にお答えしているとき、「言葉をください」といわれることが多いんですが、「〜についてどう思いますか?」という質問に関しては、自分の意見はいうけど、「背中を押してほしい」「活を入れて」というものには、あえて答えないようにしてるんです。

三浦 それって、実はすごくむずかしいことですよね。誰が何をいってほしいか、どんな回答を求めているか、なんとなく見えるじゃないですか。

スー リスナーの最大公約数が喜ぶことをいったり、聞いている人がスカッとするように怒ったりしておけば、一気に私の人気は上がると思う。でもそれって、考えることの代行運転をしているだけなので……。その人が自分で考えるための潤滑油になるのであれば言葉はつくしますけど、私のいったことが誰かの思考停止につながるのはいやなんです。

三浦 そう思って実行しているスーさんは非常に誠実だし、優しいと思いますね。相手が求めていない言葉をいうのって、嫌われる危険性もあるし、勇気がいるじゃないですか。私なんて、本当に身近な人以外には、相手が求めている言葉を調子よくペロペロいえる派ですよ? だから、SNSもいっさいやらないし。まわりの人には、そういう人間だと織り込んだうえで付き合ってほしいです(笑)。

スー アハハ。SNSと言葉でいうと、以前はX(旧Twitter)に作家やアーティストの名言とかがよく流れてたじゃないですか。Instagramにも同じようなものがあって、それを見ていると、多くの人が「なるほど」と思えるひと言を求めているんだなぁと感じます。

三浦 短いフレーズにピンとくるのは、感受性がみずみずしいままだともいえますよね。

スー ただ、「すごく響いた」「グサッときた」と思える言葉は、そのときの自分との相性が前提としてあるはずなので、どんな状況のときにも刺さる言葉っていうのは、実はあまりないんじゃないかな。

三浦 そうですね。そして、それがどういうシチュエーションで発せられた言葉なのか、どんな内容の本からの引用なのか、そこまで知ったうえでの「なるほど」ならありだけど、全部すっ飛ばして鵜(う)のみにするのはちょっと危険かも。

スー 雑談のプロ・桜林直子さんとやっているポッドキャスト番組『となりの雑談』の中で、最近、ポン!と膝を打った言葉があったんですが、それは「自分の人生を、他人からされたことで定義している人がいる」※2というもので。

三浦 ありますね、そういうこと。

スー 「あの人は優しくしてくれた」「あの人にいやなことをされた」と、自分の輪郭が全部、人からされたことでできている。それは、言葉にもいえることなんじゃないかと思うんです。ある言葉を信じすぎると、結局は誰かの言葉で生きることになってしまう。「いいよね」とある程度の人数が合意できる言葉があるとしても、それは最大公約数なだけかもしれないし、だったらそうではない、自分だけに刺さる言葉に出会えることのほうが、私には大事だなぁと。

※2 ジェーン・スー×桜林直子『となりの雑談』(TBSラジオポッドキャスト)’24年5月21日配信EP.71「反応で生きること」より

(後編へ続く)

ジェーン・スー

ジェーン・スー

じぇーん すー●’73年、東京都生まれ。コラムニスト、ラジオパーソナリティ、作詞家として活動。最近の著書に『闘いの庭 咲く女 彼女がそこにいる理由』(文藝春秋)、『おつかれ、今日の私。』(マガジンハウス)など。ポッドキャスト番組『ジェーン・スーと堀井美香の「OVER THE SUN」』『となりの雑談』も好評。

誰もが「いいよね」と感じる最大公約数の言葉より、自分だけに刺さるひと言との出会いを大事に(ジェーン・スー)

三浦しをん

三浦しをん

みうら しをん●’76年、東京都生まれ。’00年『格闘する者に○』でデビュー。『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞受賞。『舟を編む』『風が強く吹いている』など映像化、舞台化作も。最新刊は『墨のゆらめき』(新潮社)、エッセー集『しんがりで寝ています』(集英社)。

誰が発したのか、どんな状況で書かれたものなのか……、言葉には背景があることも忘れずにいたい(三浦しをん)

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