【中井貴一さんスペシャルインタビュー】小津映画の時代にあった「粋」や「余裕」を、少しでも感じていただけたら
『東京物語』『麦秋』『秋刀魚の味』など、唯一無二の作風と存在感で今も愛されている映画監督・小津安二郎。彼の最晩年をモデルにした人物を新作舞台で演じる中井貴一さんに、小津監督と自身の縁、そして人生の黄昏時を生きるヒントを聞く。
神格化ではない、人間・小津安二郎の物語を
「よく『年齢を重ねて、やっと小津安二郎の映画のよさがわかってきた』とおっしゃる方がいますが、僕にとって小津作品は人生で最初に触れた映画。例えるならば、幼少期から高級料亭で出される料理を食べてきたということかもしれません」
そう言って、中井貴一さんは微笑んだ。枯れた味わいと人物の凛とした佇まい、画面の隅々にまで貫かれた美意識で今も多くの人を魅了する昭和の名匠、小津安二郎。中井さんとの間には、実は浅からぬ縁がある。早逝した中井さんの父である俳優・佐田啓二氏は生前、『彼岸花』『お早よう』『秋日和』などの小津作品に出演。さらに、撮影所前の食堂の看板娘だった中井さんの母・益子さんを娘のようにかわいがっていた。それだけに、舞台『先生の背中〜ある映画監督の幻影的回想録〜』で小津監督をモデルにした映画監督・小田昌二郎役を演じるには、躊躇もあったという。
「小津先生の存在が大きすぎたので、最初はお断りしたんです。うちに伝わる小津語録や周囲から伝え聞いた小津イズムについてはお話しできる範囲で提供しますので、そちらでどうぞと。でも、時が過ぎてだんだん歴史が風化していくなか、小津作品はもちろん小津先生の人物像も含めて残していきたいという行定さんの気持ちがとても強く……。結果、お引き受けすることに。そうなった以上は、小津先生を神格化するのではなく、僕も知りたかった『人間・小津安二郎』の部分が出せたらなと思っています」
心の持ちようや人とのつながり。目に見えないものを大事にした人
舞台で描かれるのは、齢60を迎えようとする小田が新作『秋刀魚の歌』(小津の遺作『秋刀魚の味』がモチーフ)の撮影所の一日の物語。撮影に集中しようとしながらも、ある個人的な気掛かりにより小田の心は乱れ、やがて幻影の中へ引き込まれていく……という筋立ての中、小田の言動や周囲の人々の接し方など随所に、中井さんのいう小津イズムが滲む。ひと言で表すなら、それは「粋であること」。たとえば、中井さんが母から聞いたこんなエピソードがある。
「ある日、小津先生が母に『益子、鰻を食べに行こう』と声をかけたそうなんです。先生が行こうとしている鰻屋は自宅から遠い。タクシーを使うのも不経済だし、母が近所の鰻屋から出前を取りますよと言ったところ、先生は『わかってないね。贅沢はするものなんだよ』と。近所でそこそこの鰻を食べるより、遠くてもわざわざ行っておいしい鰻を食べたほうがいい。そうして心を豊かにしていきなさいと。資本主義の世の中では数字で示される、目で見てわかるものが優先されがちですが、先生は見えないもの……心の持ちようや人との縁と繋がり、そういうものを大事にされていたんでしょう」
さらに本作では、自身の粋のあり方に小田がふと揺らぎを覚える場面も。幻影の中に現れる、彼が人生で心を寄せてきた複数の女性たちとのやり取りからは、人間としての小田の逡巡が伝わってくる。
「女性から思いを寄せられた時、気軽にお付き合いに応じるか、それとも『この人を幸せにできないかもしれないから』とお断りするか。粋は、ある意味〝格好つけ〟でもあるので、それを通すことで相手にものすごく失礼なことをしてきたんじゃないかという小津先生の……あ、小田の(笑)反省があったりする。それは、今の僕たちにも通じる尺度だなぁと、稽古しながら実感しています」
老いを笑いに変えながら、分かち合って生きていく
小津監督は『秋刀魚の味』を撮り終えた翌年、60歳でこの世を去っている。現在の平均寿命からすれば早い旅立ちだが、遺された作品が伝えるその魂は「今でいうと80歳くらい」に老成していると、中井さんは言う。
「先生が亡くなられたのは、僕が1歳半の時。その翌年、僕の父も亡くなりました。今回の作品は、先生や父が存在した昭和の物語でもある。今は昭和昭和と揶揄されがちですが、僕は昭和に生まれて本当によかったなと思っているんです。悪いこともあったし失敗もした、でもおもしろかったよねと言える、人間らしい時代の、粋も含めた余裕のようなものを、作品から感じ取っていただけたら」
父と小津監督の年齢を越した中井さん。現在も仕事に精力的に取り組みながら、それなりの〝大人の実感〟を体感している。
「この間、コンビニで買ったシュークリームの袋を開けて、片手にシュークリーム、もう片手に袋のごみを持ったとき、なぜかシュークリームのほうをゴミ箱に捨ててしまうんですね(笑)。スローモーションで、ゴミ箱に吸い込まれていくシュークリーム……その瞬間は、ほぼほぼ絶望しているんですが、ある時から『これってギャグになるな』と思いはじめたりもしていて。そう捉えれば、人生の楽しみのひとつになるかもしれないと」
そして、さらに大事なのは「それを話せる相手がいること」。
「今回は女性の出演者が多いんですが、彼女たちは稽古場で、いつも輪になって笑っているんですよ。対して、男たちは自分の席でポツンとしていて、『絶対、女子のほうが長生きするわ』と(笑)。コミュニケーション能力の高さは、女性のすばらしい才能ですよ」
中井貴一
なかい きいち●’61年、東京生まれ。’81年、映画『連合艦隊』でデビュー。以降、史劇やヒューマンドラマからコメディまで数々の映像作品、舞台に出演。最近の出演作に、映画『大河への道』、舞台『終わった人』、テレビドラマ『雲霧仁左衛門ファイナル』、放送中の『続・続・最後から二番目の恋』では小泉今日子とエンディング曲『ダンスに間に合う』の歌唱も。8月15日には映画『雪風 YUKIKAZE』が公開。
パルコ・プロデュース2025 『先生の背中~ある映画監督の幻影的回想録~』
《君は、君の映画のような人だね》作品づくりにも生き方にも独自の美学を貫いた映画監督・小田昌二郎。人生の終わりの時を意識した彼が、最後にみた夢とは……。中井さんの母・益子さんをモデルにした食堂の娘・幸子(芳根京子)、小津映画のヒロインを数多く務めた伝説の女優・原節子をイメージさせる女優・葉子(柚希礼音)など、事実と物語のオーバーラップが想像をかき立てる。出演:中井貴一/芳根京子、柚希礼音、土居志央梨、藤谷理子、升毅、キムラ緑子ほか。作・鈴木聡、演出・行定勲。
●6月8日〜29日、PARCO劇場 ☎0570・00・3337(サンライズプロモーション東京)
※大阪、福岡、熊本、愛知公演あり
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