片付けられない人は必読!『腕が鳴る』ほか 終活にまつわる2冊【斎藤美奈子のオトナの文藝部】

今話題の本を文芸評論家・斎藤美奈子さんが、片付けや終活がテーマの本をご紹介。読めば、きっと家が片付かない理由に共感せずにはいられない!

『腕が鳴る』

『 腕が鳴る 』

50代の整理収納アドバイザーが主人公のお片付け小説

家が散らかっている。気にはなるけど、いつか何とかしなくちゃとは思っているけど、片付かない。同じ悩みをもつ人は意外と多いのでは。

桂望実『腕が鳴る』は片付けられない人を助ける辣腕の整理収納アドバイザーを主人公にした連作短編集だ。

その人の名は中村真穂。50代だが、明るい栗色に染めて内巻きにした髪にカチューシャをつけ、フリルがたくさんついた服を着て、やたらとていねいな言葉で話す。こういう格好を好むのは、宝塚歌劇の鑑賞が趣味のためらしい。

当初そのファッションに面食らったタカ子だったが、真穂はいった。〈タカ子様のこれまでのこと、これからのことを教えて頂きたいのです〉。どんなふうに生きてきたのか、何を大切にしてきたのか、これからどうしたいのか。そのうえで整理収納のアドバイスをすると。

タカ子は71歳。家を片付けたいのは、息子夫婦にひとりで生活できると思わせたいからだった。亡き夫はなんでもひとりで決めてしまう人だった。その夫が5年前に亡くなり、タカ子は、好きな食器やインスタント食品を買いあさった。50年編み物を続けてきた結果、誰も着ない手編みのセーターもたまっていた。

暇つぶしで編んでいただけだから全部捨てるというタカ子に真穂は待ったをかけた。〈全部頂戴致します〉〈タカ子様が編まれたセーターを、待っている人がいらっしゃいますので〉。複数の団体に寄付するという(「買い過ぎた家」)。

55歳の大輔は同い年の妻、直子の大ざっぱな性格に辟易していた。〈そんなに不満だったら自分で片付けたらいいじゃない〉とむくれる妻。〈俺が捨てようとすると、それはダメだとか言うから片付けられないんじゃないか〉と反論する夫。

ふたりのけんかに真穂は割って入った。〈家庭内別居をご提案させて頂きます〉〈ストレスがない暮らし方にしようとされるのであれば、生活する場所を分けるのが、一番シンプルな解決策だと思います〉(「物が消えるリビング」)。

片付けの基本は、部屋ごとに物をブルーシートの上に出し「残す物」「処分する物」「保留」に分類していく作業なのだが、その過程で依頼者は閉じていた心の扉も開かざるをえなくなっていく。タカ子は亡き夫の日記で初めて自分に対する夫の気持ちを知り、大輔夫妻は寝室のクローゼットの中に封印してきた亡き娘の物をリビングに移そうと考える。

片付けを依頼する5人の登場人物はみな中高年。それぞれの人生の澱も家の中にたまっちゃってるってことですね。

〈片付けるためには、ご自分の過去と未来を再編成する必要がございます。それはとても大変な作業となります〉とまでいわれるとたじろぐが、真穂自身も10年前までは片付けられない人だった。この人が秀逸なキャラクターであるのは間違いない。家が片付かない理由については、きっと誰もが思い当たるはずだ。

桂 望実
祥伝社 ¥1,870

本文で紹介した以外の3編は、夫にも娘にも感謝されずに洋服を買いまくる共働きの妻(「服が溢れるクローゼット」)、親友が亡くなって意気消沈する喫茶店の老マスター(「段ボール箱だらけのアパート」)、50代にしてアルバイトをしながら劇団の脚本を書き続ける女性(「ちょい置きでカオスになった部屋」)が主人公。いずれも問題含みだが、それぞれの理由で散らかった部屋に、別々のやり方で対処する真穂の手腕が見どころだ。

あわせて読みたい!

『終活の準備はお済みですか?』

『 終活の準備はお済みですか? 』

桂 望実
角川文庫 ¥924

こちらは片付けならぬ終活アドバイザーを主人公にした短編集。葬儀会社の子会社の満風会で働く終活相談員・三崎清を軸に4人の人生模様が描かれる。終活とは葬儀や墓の心配ではなく「人生を見直すこと」が会社のモットー。過去を振り返ることで、依頼者は新しい目標を見つけていく。

『人生を変える断捨離』

『 人生を変える断捨離 』

やましたひでこ
ダイヤモンド社 ¥1,650

著者は一世を風靡した「断捨離」という言葉と片付けメソッドの提唱者。本書ではなぜ暮らしの新陳代謝が必要かという、いわば「断捨離の思想」を説く。物が勝手に入ってくる社会の仕組み、住まいの場所別の整理の仕方や捨て方のほか、断捨離で人生が変わった人の体験談もあって充実。

文芸評論家・斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『忖度しません』『挑発する少女小説』『出世と恋愛』『あなたの代わりに読みました』ほか著書多数。最新刊は『ラスト1行でわかる名作300選』(中央公論新社)。
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