ダガー賞受賞で話題の『ババヤガの夜』など、いま女性作家の作品が海外で人気に【斎藤美奈子のオトナの文藝部】

2025年7月、王谷晶『ババヤガの夜』が、世界的なミステリー文学賞であるダガー賞翻訳部門を受賞。最後まで受賞を争った柚木麻子『BUTTER』、王谷晶の痛快エッセー集『カラダは私の何なんだ?』とあわせて今こそ読みたい。
『 ババヤガの夜 』

『ババヤガの夜』

王谷 晶

河出文庫 ¥748

〈私からは、あんたらには喧嘩は売らない〉〈ただし、売ってきたら倍値で買う〉なんて決め台詞もかっこいい。暴力が唯一の趣味で、その場に立つと血が騒ぐという新道依子と、暴力団の組長である父親の支配下で育った内樹尚子。ふたりの出会いから逃避行、その後の生活までをテンポよく描いた長編小説。血しぶきが飛ぶような暴力シーンも見どころながら、友情とも恋愛とも肉親ともつかぬ新道と尚子の関係もいい。単行本は’20年刊。

世界的なミステリー文学賞「ダガー賞」を受賞した快作

このところイギリスを中心に日本文学ブームが起きている。

ひと昔前は、三島由紀夫、大江健三郎、村上春樹なんかが日本文学の定番だったが、近年は全米図書賞を受賞した多和田葉子、ブッカー賞最終候補に残った小川洋子ほか、村田沙耶香、川上未映子ら女性作家の作品が大人気。

今年7月、世界的なミステリー文学賞であるイギリスのダガー賞翻訳部門においても、柚木麻子『BUTTER』と王谷晶『ババヤガの夜』が最後まで争い、『ババヤガの夜』の受賞となった。

受賞作は今までになかったような、女性を主役にしたバイオレンス小説だ。

主人公の新道依子は22歳。北海道に生まれ、北方民族の血をひく彼女は幼少期から祖父に徹底的に鍛えられ、身長170㎝超、体重約75㎏、金剛力士像もかくやの肉体をもつにいたった。文学史上最強の女。すごすぎる。その新道ががらの悪い男たちとの死闘を繰り広げたあげく、腕っぷしの強さを買われ、暴力団にスカウトされたところから物語は始まる。彼女に与えられた仕事は組長の娘・尚子の運転手兼ボディガードだった。

一方、春から女子短大に通う「お嬢さん」の内樹尚子はマネキン人形のような見た目の18歳の美少女で、態度こそ高飛車だが、学校以外にも、華道、茶道、料理、着付け、和裁、ピアノ、英会話、そして弓道と、毎日休む間もないほど習い事に縛られていた。彼女は彼女ですごすぎる。父親に支配され、婚約者のためにすべての時間を使っているのだ。

〈喧嘩の強さは本物ですよ。玄人を十人いっぺんに相手して平気で立ってやがる。メスじゃなけりゃ、舎弟にしたいくらいです〉といわれるほどの新道と、習い事は楽しいかと問われ〈これは教養よ。女というのは結婚する前にそういうものを身に付けておかないといけないの〉と答える尚子。すべて正反対のふたりがトラブルに巻き込まれ、命からがら逃避行に出る。それが物語の骨子である。

舞台は暴力団という特殊な世界だし、新道と尚子の人物像は極端だけれど、デフォルメされたカバーを取り去ってみれば、そこには世界共通のルールが浮かび上がる。男社会で生きるには、自らを鍛えて男のように戦うか、女らしさを磨いて男社会に奉仕するかしかなかったのだ、少なくとも少し前までは。

しかしふたりはその限界を超えていく。時には姉妹や姉弟、時には夫婦を装って長い逃亡生活を続けるうちに〈新道と尚子の関係は、誰にも知られず誰にも分からないものになっていた。本人たちですら、これに名前は付けられない〉。そして数十年後に到達した新道の心境は〈私は鬼婆だよ。あんたと一緒に鬼婆になるために、ここまで来たんだ〉。

ババヤガとはスラブ民話に登場する魔女をさすロシア語とか。日本語では鬼婆か山姥か。世界で認められたのも納得がいく、スケールの大きい快作だ。
 

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『カラダは私の何なんだ?』

『カラダは私の何なんだ?』

王谷 晶

河出文庫 ¥891

’81年生まれ。シスジェンダー(生まれつきの性と性自認が一致している人)の女性で性的指向はレズビアン。そんな作家が、乳、髪、腹、足、肌、尻など、女性の体のパーツをネタにつづった痛快エッセー集。ヨタ話を自称するも、体を丸ごと肯定する気概と慈愛にあふれている。単行本は’19年刊。

『BUTTER』

『BUTTER』

柚木麻子

新潮文庫 ¥1,045

若くも美しくもないのに男たちの財産を奪い、殺害容疑で逮捕された梶井真奈子(カジマナ)。週刊誌記者の町田里佳は梶井との面会を続けるが……。’09年の木嶋佳苗事件をもとにしつつも、物語は事件とは別の方向に転がる。単行本は’17年刊。ダガー賞は逃すもイギリスでベストセラーに。

文芸評論家・斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『忖度しません』『挑発する少女小説』『出世と恋愛』『あなたの代わりに読みました』ほか著書多数。近著に『ラスト1行でわかる名作300選』(中央公論新社)。
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