実力派作家が描く、原爆の記憶をつなぐ物語『13月のカレンダー』など3冊【斎藤美奈子のオトナの文藝部】

今話題の本を文芸評論家・斎藤美奈子さんが紹介。今月は、広島の原爆をモチーフにした宇佐美まことの小説『13月のカレンダー』、同作家の『るんびにの子供』、’24年にノーベル平和賞を受賞した日本原水爆被害者団体協議会による『被爆者からあなたに いま伝えたいこと』の3冊をピックアップ。
『 13月のカレンダー 』

『13月のカレンダー』

宇佐美まこと
集英社 ¥2,200
生命工学の研究者として将来を嘱望されるも、実験データの改ざんに手を染めて大学を追われ、就職したバイオケミカル会社も辞めた侑平。両親の離婚で別れた父に促され、松山の父方の実家にきた彼はそこで思いがけないものを見る。過去と現在をつなぐ仕掛けが秀逸で、ことに原爆投下直後の地獄のような町の描写はあまりにリアルで胸がつまる。認知症を患った父から、かねて聞かされてきた話を息子がかわって語るなど、記憶の継承の仕方についても考えさせられる佳編。

戦後80年。実力派作家が描く、原爆の記憶をつなぐ物語

今年は戦後80年。戦争体験者や原爆体験者が高齢化し、減少の一途をたどる今日、80年前の記憶をどう伝えていくかは大きな課題だ。

宇佐美まこと『13月のカレンダー』は広島の原爆をモチーフにした小説だ。原民喜『夏の花』、大田洋子『屍の街』、中沢啓治のマンガ『はだしのゲン』など、8月6日の被爆体験を描いた作品は少なくない。が、この小説のポイントは戦後生まれの作家が体験していない「その日」を描いていることである。読んでびっくり。筆力のある作家は資料と取材と想像力でここまで描けるのだ!

主人公の上野侑平は29歳。かつて亡き祖父母が暮らし、幼いころによく行った愛媛県の松山を訪れた。住む人がいないその家で、彼は13月まである不思議なカレンダーと、祖父が残した日記を見つける。そこには15年前に死去した祖母の最後の日々が淡々と記されていたが、中に不思議な記述があった。〈広島より森元喜代さんが見舞いに来る〉〈広島から電話あり。服部義夫さん。寿賀子、喜んで長電話〉。えっ、広島?

そして彼は初めて知るのだ。広島で生まれ育った祖母の寿賀子は原爆が投下される前日、1945年88月5日に船で松山に渡ってきたこと。当時祖母は7歳だったこと。船に乗り損ねた14歳の兄・通孝は原爆で亡くなったこと。

こうして物語は80年前にさかのぼり、日記に名前が出てきた当時国民学校1年生の喜代(寿賀子の親友だった)と中学2年生だった義夫(爆死した通孝の親友だった)の目を通して、その日の忌まわしい体験をなまなましく描き出す。

〈ドーンという地響きがして、凄まじい爆風が車庫の中を吹き抜けた。義夫は数メートル吹き飛ばされた〉〈義夫の体の上に折れた梁や柱、屋根瓦が覆いかぶさってきた。何が起きたのか、よく理解できなかった〉。これが義夫が受けた最初の一撃で、このあと彼は怪我をしたまま、松山から来た通孝の父・武一とともに、通孝を探して歩き回ることになる。

他方、喜代は気がつくと防空壕の中にいた。家はつぶれていた。〈「お母ちゃん!どこにおるん?」/「ここ、家が崩れて下敷きになってしもうた」〉。喜代は〈助けてください。お母ちゃんが家の下敷きになっちょって〉と叫ぶが、見知らぬ人に声をかけられる。〈あんたも大火傷しとるやないの。ここにおったらいけん〉。実際、喜代は重傷を負っており、この後、寿賀子の父の武一に助けられるも、生死の間をさまようのだ。

広島の原爆の犠牲者は14万人といわれるが、小説はすべての被爆者それぞれに固有の物語があったことを想像させる。90歳をすぎた義夫と今は広島の施設にいる喜代。亡き祖母を介して図らずも知ったふたりを訪ねていった侑平は、寿賀子さんの孫が来てくれるなんてと大歓迎される。聞く気さえあれば記憶は継承されるのだ。そのプロセスがすばらしい。

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『るんびにの子供』

『 るんびにの子供 』

宇佐美まこと
角川ホラー文庫 ¥682
40年前、ブッダの生誕地を名に冠した「るんびに幼稚園」に通っていた「私」は突然現れては消える不思議な女の子を見るようになっていた。表題作は’06年に第1回『幽』怪談文学賞短編部門大賞を受賞したデビュー作。ほか全7作のホラー作品を収めた短編集。作者は’57年生まれの女性作家。

『被爆者からあなたに いま伝えたいこと』

『 被爆者からあなたに いま伝えたいこと 』

日本原水爆被害者団体協議会/編
岩波ブックレット ¥748
知っているようで知らない被爆者の実相。日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)は’56年に発足した全国的な被爆者の団体で、’24年にノーベル平和賞を受賞した。国内外での50年にわたる活動を振り返った本書には、’85年と’15年の調査に寄せられた被爆者の証言も載り、多くを教えられる。

文芸評論家・斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『忖度しません』『挑発する少女小説』『出世と恋愛』『あなたの代わりに読みました』ほか著書多数。近著に『ラスト1行でわかる名作300選』(中央公論新社)。
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