【作家・村山由佳さんインタビュー】婦人解放運動・伊藤野枝の評伝小説「風よ あらしよ」がアツい!

100年ほど前、無政府主義者の夫・大杉栄とともに28歳の若さで憲兵に殺害された婦人解放運動家・伊藤野枝。時代を駆け抜けるように生きた彼女の評伝小説『風よ あらしよ』が今、熱い支持を集めている。著者は恋愛小説の旗手・村山由佳さん。執筆のきっかけは編集者に「村山さんが書いた野枝を読んでみたい」といわれたことだった。
村山由佳

村山由佳

むらやま ゆか●’64年、東京都生まれ。’93年『天使の卵エンジェルス・エッグ』で小説すばる新人賞を、’03年『星々の舟』で直木賞を受賞。『ダブル・ファンタジー』『おいしいコーヒーのいれ方』シリーズなど著書多数。

「野枝は波風立てずに生きることができない人」

家庭と運動の間で揺れた野枝の悩みは今の女性と同じ

「名前は知っていましたが、野枝という女性を特に意識していたわけではなかった。でも資料を読むうちに、編集者がリクエストした理由がよくわかりました。“こんなにも!”と思うくらい、私と重なるところがあったんです。人生の選択の仕方とか、出会った男がいったセリフとか。野枝の2番目の夫・辻潤の“俺の背中を踏み台にしろ”という言葉も、3番目の夫・大杉栄の“恋人であるよりも前に親友であり同志でもある”という言葉も、かつて私がふたりの男性からいわれたものと同じ。“今も昔も弁が立つ男がいいがちなセリフなんだ”と思ったらおかしくなって、野枝にシンパシーを覚えましたね」


貧しい家庭に生まれ、イヤというほど不平等を味わった野枝。悔しさをバネに学び続け、女性の尊厳を無視した結婚制度などについて世に問うていくが、そんな彼女を認めたのが恩師で翻訳家の辻、そして過激な思想で政府からにらまれていた大杉。辻との婚姻中、野枝が大杉の本妻や愛人との間に四角関係を繰り広げたことは有名だが、それゆえ彼女に“奔放な女”というイメージをもつ人も多いかもしれない。

「恋愛感情に正直で、ふたりの男との間に7人の子を産んでからも運動を続けた野枝に、“母親の義務も果たさず理想論ばかり”と感じる人もいるでしょう。でも、女性の生き方の選択肢が少ない時代にそれを増やそうとした彼女の考え方は今のフェミニズムにも通じるし、すごく尊い。資料を読んでわかったのは、そんな野枝でも“家庭の幸せを守りたい”という気持ちと婦人解放運動との間で揺れていたことです。“子供を置いてでも働きにいきたいけれど、それは自分のわがままなのか、正当な権利なのか。女性のほうが悩みが多くてしんどいものだ”と心情を吐露した文章は印象的で、野枝をぐっと身近に感じました」

「なぜか女は雄々しく男は女々しくなりました」

エクラ世代が評伝小説を読むと、気持ちの振り幅が違う

100年も前の女性なのに身近──そんな村山さんの思いが乗り移っているだけでなく、野枝の周囲の人々の感情や時代の匂いまで伝わってきてタイムスリップ感すら覚える本作。事実に独自の見方を織り込んだ評伝小説ならではの深みを感じるが、ご自身も「書き応えがありました」と振り返る。


「机が足りないほどの資料を広げて書きましたが、むずかしかったのは事実と虚構を織り交ぜつつ、その先に一片の真実を薫らせること。そんな評伝小説は読む側にとっても歯応えがあるジャンルかもしれませんが、エクラ世代にはおすすめです」と村山さん。

「ある程度の年齢になってから評伝小説を読むと、心が動く幅が若いころとは比べものにならない。自分の経験を思い出しながら、つまり自分なりに翻訳して読むから浸透度が違うんです。またそこから得たものを今後に生かせるのも、まだまだ体力のあるエクラ世代。もちろん、次の世代への還元も十分可能です。とはいえ“何を読んだらいいかわからない”というかたもいらっしゃるでしょう。そういうときは本の帯や書評を見て、ひっかかりを感じるものを。それもひとつの縁だし、“こういう人生を送った人がいた”という説得力は圧倒的なはずです。シンプルな“泣ける小説”もたまにはいいけれど、評伝小説のように考え込むほど複雑な読後感を得られる小説は格別。きっと人生を豊かにしてくれると思います」

『風よ あらしよ』

『風よ あらしよ』

集英社 ¥2,200

貧しい家庭に生まれた伊藤野枝は、裕福な叔母の夫に懇願して九州から上京。女学校で猛勉強するが、卒業前にイヤな男との結婚を決められてしまう。しかし平塚らいてうに窮状を訴える手紙を書いて文章力を認められ、『青鞜』に引き入れられることに。辻潤や大杉栄の影響を受けた彼女は、婦人解放運動に突き進んでいくが…。野枝の濃密な人生を複数の視点で描いた村山さん初の評伝小説。

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