哲学史の陰に埋もれた有能な女性たちを紹介『哲学の女王たち』【斎藤美奈子のオトナの文藝部】

アラフィー女性に読んでほしい、文芸評論家・斎藤美奈子さんのおすすめ本。今回は、20人の女性哲学者にスポットをあてた『哲学の女王たち』をご紹介。科学の分野で活躍した女性を描いた『世界を変えた50人の女性科学者たち』、絵本仕立てで女性の活躍を紹介する『すてきで偉大な女性たちが世界を「あっ!」と言わせた』もあわせて読みたい。
斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『名作うしろ読み』『ニッポン沈没』『文庫解説ワンダーランド』『中古典のすすめ』『忖度しません』ほか著書多数。最新刊は『挑発する少女小説』(河出新書)。
哲学の女王たち

『哲学の女王たち』

レベッカ・バクストン リサ・ホワイティ

ング/編 向井和美/訳

晶文社 ¥2,200

歴史に埋もれた20人の女性哲学者の業績を、現役の女性哲学者20人が分担して執筆した思想史の入門書。シモーヌ・ド・ボーヴォワール、ハンナ・アーレントといった著名な思想家も含まれてはいるものの、ほとんどは初めて聞く名前。イスラム法学者やアフリカ系の哲学者も登場し、これまでの西欧中心主義も相対化される。時にはさまるピリッとした皮肉が刺激的。

哲学史の陰に知られざる有能な女性たちがいた!

哲学者と聞いて、あなたが思い出すのは誰だろう。プラトン、アリストテレス、デカルト、カント、サルトル……。じゃあ女性の哲学者は? あれれ、全然名前が出てこない。


そうなんです。哲学の歴史にずらりと名前が並ぶのは、なんだか偉そうな男性ばかりだった。

『哲学の女王たち』はそんな哲学史の「常識」に風穴をあける快著。古代から近現代まで、20人の女性哲学者の実績と人となりが軽快なタッチで紹介されている。


最初に出てくるディオティマは紀元前400年ごろの、プラトンの対話篇に登場する数少ない女性のひとり。架空の人物だという説もあるものの、「善」や「美」に関するソクラテスやプラトンの思想にも影響を与えた、力強い知性の持ち主として描かれている。

次に出てくる班昭は古代中国の歴史上最も優れた、後漢(西暦25〜220年)時代の女性知識人。『漢書』の完成に寄与したことで知られ、女子教育のパイオニアでもあった。今日の観点からすれば思想的には古いものの、古代中国の思想に与えた影響は無視できない。


とまあ、こんな調子で、次々に登場する知られざる女性哲学者。


興味深いのは、ジョン・スチュアート・ミルの妻だったハリエット・テイラー・ミルのケースだろう。ミルは『経済学原理』『自由論』『女性の解放』などの著作で知られる19世紀イギリスの著名な政治哲学者だけれども、自著の中で彼が「議論の相手、協力者・共同執筆者」とまで記しているにもかかわらず、ハリエットの名前は夫の名声の陰に隠されてきた。背景には、ハリエット自身が献辞を拒んだのに加え、前夫との関係などのスキャンダラスな私生活に対する批判があったらしい。

哲学にかぎらず、科学でも芸術でも女性の業績が正当に評価されなかった例は多いんですよね。巻頭で著者のひとりは述べている。


〈これまで哲学の分野で、そして学問のほとんどの分野で女性の数が少なかったのは事実であり、それは女性たちが長いあいだ教育から排除されてきたからだ〉。

もっともそれは過去の話であり、この一世紀で哲学の学位をとる女性は急増。哲学を学ぶ学生は女子のほうが多いくらいだ。それでもなお〈大学組織の上のほうでは、いまだに途方もなく大きい男女格差が存在する〉。’15年、アメリカの上位20大学に占める女性の哲学教授の割合は22%だそう。日本も大同小異のようだ。


とはいえ、あらゆるジャンルでこのところ、女性の業績の発掘が進んでおり、児童書も含めて女性の業績にスポットを当てた本が今や目白押し。私たちが思っていた以上に女性は活躍していたってことだ。「女には向かない職業」なんて、本当はないのよね。

 あわせて読みたい!

『世界を変えた50人の 女性科学者たち』

『世界を変えた50人の女性科学者たち』

レイチェル・イグノトフスキー

野中モモ/訳 創元社 ¥1,980

女性の業績が正しく評価されてこなかったのは科学も同じ。古代ギリシアの数学者から現代の物理学者、生物学者、宇宙飛行士まで、50人を美しいイラストとともに紹介した本。偉大な科学者はマリー・キュリーだけじゃなかった!

『すてきで偉大な女性たちが世界を「あっ!」と言わせた』

『すてきで偉大な女性たちが世界を「あっ!」と言わせた』

ケイト・パンクハースト 増子久美/訳

化学同人 ¥2,090

「すてきで偉大な〜」を冠した4冊シリーズの一冊。絵本仕立てで十数人を紹介する。雲仙普賢岳の火砕流で落命した火山学者。アニメーションの基礎を築いた技術者。マッチ工場の女性たち。日本人では田部井淳子さんが入っている。

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