哲学者と聞いて、あなたが思い出すのは誰だろう。プラトン、アリストテレス、デカルト、カント、サルトル……。じゃあ女性の哲学者は? あれれ、全然名前が出てこない。
そうなんです。哲学の歴史にずらりと名前が並ぶのは、なんだか偉そうな男性ばかりだった。
『哲学の女王たち』はそんな哲学史の「常識」に風穴をあける快著。古代から近現代まで、20人の女性哲学者の実績と人となりが軽快なタッチで紹介されている。
最初に出てくるディオティマは紀元前400年ごろの、プラトンの対話篇に登場する数少ない女性のひとり。架空の人物だという説もあるものの、「善」や「美」に関するソクラテスやプラトンの思想にも影響を与えた、力強い知性の持ち主として描かれている。
次に出てくる班昭は古代中国の歴史上最も優れた、後漢(西暦25〜220年)時代の女性知識人。『漢書』の完成に寄与したことで知られ、女子教育のパイオニアでもあった。今日の観点からすれば思想的には古いものの、古代中国の思想に与えた影響は無視できない。
とまあ、こんな調子で、次々に登場する知られざる女性哲学者。
興味深いのは、ジョン・スチュアート・ミルの妻だったハリエット・テイラー・ミルのケースだろう。ミルは『経済学原理』『自由論』『女性の解放』などの著作で知られる19世紀イギリスの著名な政治哲学者だけれども、自著の中で彼が「議論の相手、協力者・共同執筆者」とまで記しているにもかかわらず、ハリエットの名前は夫の名声の陰に隠されてきた。背景には、ハリエット自身が献辞を拒んだのに加え、前夫との関係などのスキャンダラスな私生活に対する批判があったらしい。
哲学にかぎらず、科学でも芸術でも女性の業績が正当に評価されなかった例は多いんですよね。巻頭で著者のひとりは述べている。
〈これまで哲学の分野で、そして学問のほとんどの分野で女性の数が少なかったのは事実であり、それは女性たちが長いあいだ教育から排除されてきたからだ〉。
もっともそれは過去の話であり、この一世紀で哲学の学位をとる女性は急増。哲学を学ぶ学生は女子のほうが多いくらいだ。それでもなお〈大学組織の上のほうでは、いまだに途方もなく大きい男女格差が存在する〉。’15年、アメリカの上位20大学に占める女性の哲学教授の割合は22%だそう。日本も大同小異のようだ。
とはいえ、あらゆるジャンルでこのところ、女性の業績の発掘が進んでおり、児童書も含めて女性の業績にスポットを当てた本が今や目白押し。私たちが思っていた以上に女性は活躍していたってことだ。「女には向かない職業」なんて、本当はないのよね。