どう受け止める?いつか必ずくる”親との別れ”人それぞれの別れ方

アラフィー世代にとって、「親の死」は決して遠いものではない。"その時"を、冷静に、穏やかな気持ちで迎えられるかと聞かれると、答えに窮する人も多いのでは?避けることができない親との別れ、それをどう受け止めればいいのか。親を見送った人の体験談や看取りの専門家のアドバイスをもとに、一緒に考えてみませんか。

 

 
①「親との別れ方」をアンケート

Q.親の死について心配・不安・恐怖を感じていますか?

親との別れ方

「いずれ訪れること」と達観している人が3割弱いたものの、親と仲がよい・関係が良好という場合、YESと答える傾向があった。

Q.親の死や死後について、親と話すことはありますか?

親の死や死後について、 親と話すことはありますか?

「どう切り出せばいいかわからない」という声が目立った一方、親がエンディングノートを作成するなど、自ら動いているケースも。

Q.これから迎える親の死に対して、今から心構えや準備などしていることがあれば教えてください

・実家に行くたびに、少しずつ片づけや整理をしていこうと思っています。(パート・50歳)

・あえて考えないようにしている。(会社員・48歳)

・現実的ですが、親の通帳やカードの整理。預金の管理など。(主婦・48歳)

・たくさん親の笑顔を見ること!(会社役員・51歳)

・父の死の教訓から、延命治療や胃ろうはしないということは確認ずみです。(主婦・48歳)

親との別れ方

 
②田村淳さん「母の死をゆっくり受け止め中」

実際に経験された田村淳さんに、今振り返って思うこと、感じることを語っていただいた。
プロフィール
田村 淳さん

田村 淳さん

たむら あつし●’73年、山口県生まれ。’93年、田村亮と「ロンドンブーツ1号2号」を結成。バラエティー、経済、情報番組などレギュラー番組多数。遺書動画について研究し、’21年、慶應義塾大学大学院を修了した。

“手術はもうしない”という母の最期の希望を受け入れた

コロナ禍にまみれた2020年の夏、72歳の母親を見送った田村淳さん。肺がんが発覚してのちの闘病、逝(い)くまでを、幼少期からの母との思い出を含ませながら、『母ちゃんのフラフープ』という本につづった。

「母ちゃんに、がんが見つかったのは6年前です。めちゃくちゃたくましくて明るい人だったので、信じられませんでした。到底、受け止められなくて……」

直後に頭に浮かんだのは、20歳のころから、母からずっといわれていた「私には延命治療はしないで」という言葉だった。

「元看護師だったんです。常に生と死を考えざるをえない現場にいた、それが大きかっただろうなと思います。それに死をめぐって、いろいろな家族の姿を見てきていた……そんなこともあったようです」

手術をためらった母を、説得した。「母ちゃんの意思は尊重するけど、これは悪いところだけをとる前向きな治療だよ。家族全員の総意だから、考えてと」

2カ月後、手術にいたった。無事にすんだが2年後、再発した。今度は「あらゆる手術も、がん治療もしない」と、母の決意は固かった。父と弟と3人で何度も話し合った末、母の最期(さいご)の希望を受け入れることにした。

「母ちゃんは人生を投げ出したわけではない、残された命を精一杯、生きる道を選んだのだと。それを見守ることが務めだと思いました。僕らはグループラインを作って、常に連絡を取り合うようになりました」

「人生でやりたいこと」をノートに書いていたと知り、その中のひとつ、“屋形船に乗りたい”という思いを東京湾でかなえた。

「日ごろからお世話になっている人たちをたくさん招いて、幸せな日でした。ずっと元気なのではないか、とさえ思えた」

だが病は進行していた。主治医から余命が告げられた昨年、しばらくして大腿骨を骨折するかたちで入院となった。このころには全身に痛みを抱えていたが、死を覚悟した母が最期に望んだのは、『なんとか一時退院して、長年、住み慣れた家で72歳の誕生日を迎えたい、孫たちにも会いたい』という願いだった。家族はその望みに応えた。そして、再入院した母は息をひきとった。

「実はがんが発見された年に、母ちゃんから“尊厳死求め宣言書”なるものが、送られてきていたんです。『私の要望に基づく行為、いっさいの責任は、私自身にあります』と書かれていました。そのほかにも、『終活ノート』を用意していて、家族それぞれに向けた言葉、葬儀の会館や棺に入れてほしいもの、それからなんとウェディングドレス姿の遺影、読経をしてもらうご住職さん、納骨堂、出棺のときの音楽……と、あらゆることをひとりで決めて逝きました。けっこう前から断捨離も始めていたらしく、そのことを妻は気づいていたのですが、タンスには服一枚ありませんでした」

この、死を前にした、潔いと思えるほどの覚悟については本書に詳しい。
「何事にもへこたれずに、まるごと生きてきた母ちゃんらしい最期だったと思います。コロナ禍で参列者は12人とかぎられましたけど、みんなで泣き笑いしてしまうような、温かい見送りができました」

一周忌を迎え、いまだ母の死をゆっくり受け止め中。人生はまだ続くので、すぐに受け入れなくてもいいかな、と。

先月、一周忌を迎えた。「(母の死を)いまだ受け止められない自分もいますが、早く受け入れなくては、前に進まなくては、ということではなくて、人生の中でゆっくり受け入れていけばいいと思っています。ものすごく大きな喪失感がないのは、母ちゃんが自分の死を受け止めて、細かく意思表示をしてくれていたこと、親子で気持ちを伝え合えたことが大きいと思います。だから後悔はありません」
田村淳さんの「親との別れ方」

親に伝えなかった後悔より、 伝えてしまった後悔のほうがいい。忖度し合っていたら、親の気持ちはわからない

親と、老後や死について話す。これはなかなかの難関だ。だが田村さんは自分の経験から「親に伝えなかった後悔より、伝えてしまった後悔のほうがいい」と話す。

「忖度し合っていたら、答え合わせができなくて、親の気持ちはわからないままです。逝く人にジャッジしてもらわないと、遺(のこ)される側の心の負担になることは多いと思う。子が親に根掘り葉掘り聞くのって、はばかられるけれど、“どう死にたいの”よりも“どう生きたい?”と聞くと、死の話にも自然とつながるのではないでしょうか」

田村さんの父は納骨をできずにいたというが、1年が過ぎ、「母の決めた納骨堂に納める気持ちになったようです」という。

「世間的には、納骨の時期とかあるかもしれませんが、うちはうち。そばに置いておきたかった気持ちが大切だと思うんです。無口で頑固な父ちゃんが、すっかりしょげて泣くこともあった。母ちゃんは、この先父ちゃんが死んだら、自分の骨といっしょにして、暮らした下関の海に散骨してほしいとも遺していきました。いずれ……その時がきたらかなえてあげたいなと思っています」

2017年から、田村さんは遺書動画サービス『ITAKOTO』というプロジェクトを始めている。母の病気のこともあり、遺していく人たちに直接、動画でさまざまな事柄、気持ちを伝えられないものか、と考えたからだった。そのために大学院で死について多面的に学んだ。

「唯一の心残りは、修了したことを伝えられなかったこと。こんなドラ息子でもがんばったよって、伝えたかったな」

“死”は「人に人生を考えさせる」という。「命は有限で、ふいに終わりがくるかもしれない。やりたいことはすぐにやろう。改めて母ちゃんが教えてくれた。あの母ちゃんの息子に生まれて幸せでした」
母ちゃんのフラフープ 田村 淳

『母ちゃんのフラフープ』

田村 淳 ブックマン社 ¥1,540

下関市・彦島で生まれ育った少年は、芸人を目ざし上京。成功するまでには常に母の励ましがあった。その母が患い看取るまでをつづった、感動の家族物語。巻末に「遺書概念」についての修士論文を収録。

 
③酒井順子さん「亡くなってから親との距離が縮まった」

エッセイストの酒井順子さんは親との別れをどう受け止めたのか、自身の体験を語っていただいた。
酒井順子

酒井順子

さかい じゅんこ●’66年、東京都生まれ。鋭い観察眼と独自の考察力、軽やかな文体でつづられるエッセーは毎回話題に。『負け犬の遠吠え』『子の無い人生』『駄目な世代』『ガラスの50代』など、エクラ世代の心に刺さる著書多数。

亡くなってからのほうが親との距離が縮まりました

30代で父を、40代で母を亡くし、すでにご両親との別れを経験している、エッセイストの酒井順子さん。

「父は余命が宣告されていたので、なんとなく覚悟ができていましたが、母の場合は、ほぼ突然死に近くて。なので、どちらも違う大変さと悲しさがあるとわかりました。余命が宣告されていても、家族にとっては、やはり死は突然訪れるものですから」

そして、「手続き関係など、やるべきことは、最後の親が亡くなったときのほうが大変かもしれません」と。

「父が亡くなったときは、母が相続の手続きやら何やらをやってくれたので、ただただ悲しみに暮れることができました。でも、母のときは、葬儀の前後は、兄夫婦がいろいろ担ってくれましたが、そのあとは、私自身が動かないといけないことが、けっこう多くて。それに忙殺されているうちに、いつのまにか時間が過ぎていったという感じです。ただ、今思えば、あの忙しさも、恵みのようなものでした」

役所関係や金融機関の届け出に始まり、相続や実家、お墓がらみの手続き、親の友人・知人への連絡と弔問客の対応。遺された家族がやらなくてはいけないことは、多岐にわたり、しかも、期限も決められている。悲しみに浸ってばかりはいられないというのも、また事実だ。

「手続きをしたり、母の友人たちと話をしたりといったことを通して、母の死が、だんだんと自分の中にしみ込んでいったような気がします。むしろ、そういったことに追われることのない立場でいたら、もっとつらかったかもしれません」

死後にやるべきことは多々あって大変だけれど、ひとつずつこなしていくことで、親の死がだんだんと体にしみ込んでいった気がします

悲しみや寂しさで心が押しつぶされそうになっていようと、目の前に、やらなければいけないことがある。それは、遺族にとって残酷なようでいて、“今日”という現実を生きる後押しにもなるのだろう。

「母の友人たちとじっくり話す機会をもつことができたのはよかったですね。『順子ちゃん、実はね……』って、母とボーイフレンドたちとの交遊についてもいろいろ聞くことができました。ある程度知ってはいましたが、『まだ、あったのか!?』と(笑)。生前から、母は母である前にひとりの人間だということは、わかりすぎるくらいわかっていたのですが、人間として、女としての人生をまっとうしたことがわかり、『お見事』と思うことができました」

亡くなったからこそ、知ることができる親の顔もある。そうやって、親の生き方をたどっていく作業も、親の死を上手に受け入れる助けになるのかもしれない。

「わが家もですが、父親が先に亡くなり、母親がひとり残されるというケースが大半ですよね。同世代の友人たち、特に女性の場合は、そんな“父亡きあとの母”の扱いに苦慮している人が、多いような気がします。男の子の母親に対する気持ちは、また違うと思うのですが」

母と娘、その関係はときに厄介だ。同性ゆえに、「娘なら、私の孤独を理解し、労わってくれるはず」と、母は期待し、娘は、「娘なのだから、その思いに応えなければ」とがんばりすぎて、しんどくなる。「これは友人のケースですが、彼女は、親孝行を“仕事”としてこなすことにしているそうです。自分の感情は抑え、仕事の数値目標のごとく、定期的に旅行に連れていったり、食事をしたり。

私は、母が存命中、友人たちと、親孝行の物々交換をしていましたね。私は、学生時代からの友人のお母さまから、『おひとりで大変ですよねぇ』と愚痴を聞き、母は私の友人たちにちやほやしてもらうという。他人の親に対してであれば、いくらでも優しい言葉をかけることができますから(笑)」
酒井順子さんの親との別れ方

親の半生から実務的なことまで、もっといろんな話をしておけばよかったと思っています

親が健在な読者に対して、酒井さんがもうひとつアドバイスしてくれたのが、「いろいろな話をすること」。

「親も初めから親だったわけではなく、子供時代も青春時代もあるんですよね。それを聞いてみると、とてもおもしろいと思います。今の自分にいたるまで、そうやって命がつながってきたんだなと実感できますし。自分が小さかったころの話や、実家はいつ修繕したかといった実務的なことも親が元気なうちに聞いておくといいと思います」

親の死から時間が流れるにつれ、親への思いも少しずつ変わってきた。

「先日、新型コロナウイルスのワクチン接種をしたんですが、ちょっと怖くて。そのとき、私が頼ったのは、親でした。父からもらったブレスレットと母のピアスを身につけて、心の中で、『お父さん、お母さん!』と(笑)。生前は口にすることなんてほとんどなかったのに、毎日仏壇に手を合わせて、『いろいろありがとう』とつぶやいたり、『こんなとき、お母さんだったらどうしていただろう』と、思いを馳せたり。亡くなってからのほうが、親と仲よくなっている気がします。親が生身ではなくなっているからか、客観的に見られるようになって、理解を示せるようになったのかもしれませんね」

親の死によって、もたらされる新しい親子関係もあるのかもしれない。

「家族の死は、自分の死を意識させます。特に4年前、兄が病気で亡くなったときは、生きているというのは当然のことではなく、本当の意味で『有難い』ことなんだなと感じました。私は、結婚していないし、子供もいないので、看取ってくれる家族はいません。自分が60代、70代になったときは、友人や近所のかたがたなど、身近な人たちが支えになるんだろうなと思います。家族ではないとしても、『寂しい!』と感じたときに、泣きつける関係があるといいですよね」
『家族終了』  酒井順子

『家族終了』

酒井順子 集英社 ¥1,540

両親に次いで兄を亡くし、生まれ育った生育家族が“終了”。それを機に見つめ直した、自身の家族や日本における家族機能の変化、そして、家族という形態の将来。家族について考えさせられる一冊。

 
④親の死の「迎え方」「癒し方」Q&A

これから訪れるであろう親の死への恐怖や不安、すでに世を去った親に対して抱く後悔、癒えない悲しみ。アンケートには、親の死にまつわるさまざまな悩みや疑問が寄せられた。それにアドバイスをしてくださったのは、緩和ケアに25年間従事し、これまで3500人以上の患者を看取ってきた小澤竹俊先生。「親の死の迎え方」「親の死の癒し方」に関する悩みに回答。
教えてくれたのは…
ホスピス医 小澤竹俊先生

ホスピス医 小澤竹俊先生

東京慈恵会医科大学医学部卒業後、山形大学大学院医学研究科医学専攻博士課程修了。救命救急センターやホスピスなどを経て、’06年、めぐみ在宅クリニック開院。
『もしあと1年で人生が終わるとしたら?』

『もしあと1年で人生が終わるとしたら?』

小澤竹俊 アスコム ¥1,320
「人生の意味を考えることは、自分にとって本当に大切なことに気づくこと」という小澤先生が、そのための17のステップを、温かい筆致で紹介。よりよく生きるヒントがつまっている。

Q.病の告知の仕方に悩んでいます

完治がむずかしい病気にかかったときは、隠さず教えてほしいというのが親の希望です。告知の際、家族はどのように声をかけ、向き合えばよいでしょうか?(54歳・主婦)

A.死を前にした人が「この人は自分をわかってくれている」と思えることが大切

この答えはとてもシンプル。「誠実さがすべて」です。たとえ治すのが困難な病気で、それを知ったことで苦しみを抱えるとしても、ご本人が知りたいというのなら、本人にわかりやすい言葉で誠実に伝えてください。そのうえで、ともに道を探っていくことだと思います。

死を前にした人が、穏やかな表情で過ごすのに必要なのは、「自分をわかってくれている」という存在。そうした存在になるには、誠実であることが最も大切。表面的なウソや隠し事は、不誠実につながります。よいことも悪いことも、うれしいことも悲しいことも、偽りのない言葉で伝えていただきたいと思います。

Q.元気な親に最期の迎え方の希望をうまく聞けません。

延命治療をはじめ、どんな最期を迎えたいか、お葬式、お墓についてなど、親がしっかりしている間に話し合っておきたいことは多々。けれど、まだまだ元気な親だからこそ、そんな話をすると、「死ぬのを待っているのか!」とキレられそう。どう話を持ちかければよいでしょうか?(52歳・自営業)

A.「どこで死にたい?」ではなく、「体の自由がきかなくなったら、どこで過ごしたい?」

これは大事だけれど、とてもむずかしい問題。私がおすすめしたいのは、有名な人が亡くなったときに、世間話として切り出すこと。「〇〇さんが亡くなったね。晩年は施設で過ごしたようだけど、お母さんだったらどうしたい?」と、亡くなった人の思い出をなぞりつつであれば、比較的聞きやすいと思います。ただし、まだ生きていたいと思う人に、「どこで死にたい?」のような、死を前面に出した問いかけをするのは酷。「聞いたところによると、だんだん歩けなくなって、外出しづらくなったり、お風呂も自分で入れなくなったりするみたい。そうなったとき、どこで過ごしたら穏やかな気持ちでいられると思う?」などと、たずねてみては? “その時”のことをイメージできれば、「みんなに迷惑をかけたくないから施設で」とか「できるかぎり自宅で過ごしたい」など、親御さんも答えやすくなるだろうと思います。それを糸口に、みんなが「よかった」と思える方向性を探ってほしいですね。
親の死の「迎え方」「癒し方」Q&A

Q.コロナ禍の今、親の死を迎えるために準備することは?

コロナ禍で、ほかの病気で入院していてもお見舞いに行けない、会いにいけないなど、世の中の状況が変わった今、親が死を迎える時がくるまでに必要な準備はありますか?(51歳・主婦)

A.親の人生を振り返ることで、親子のつながりを深める

親に会いにいきたくても行かれない。この状況はとても悲しく、つらい状況です。けれど、たとえ実際に会えなくても、親子のつながりを強めること、深めることはできます。

まずは、親御さんの人生や人となりを振り返ってみてください。何を大切にし、誇りに思い、どんな役割を果たしてきて、子供たちにどんなことを伝えたいのか。それをなぞることで、親子の絆は太く、強くなると、私は思います。そして、絆が深まるということは、親の死を迎える際の助けにもなると思っています。この先、死にぎわに立ち会えないといったことが、実際に起こるかもしれません。そんなときにも、親との絆が、あなたを支えてくれると思います。
「どんな状況にあっても、幸福に、穏やかな最期を迎えることができるのだということを、この世を去っていった患者さんから学びました」そんな小澤先生の言葉が、沈んだ心に光を照らす一助になることを願って……。

Q.親の死のショックはいつか癒えますか?

母の死から20年がたちますが、「もっとしてあげられたことがあったのに」と後悔したり、亡くなったときのことを思い出して涙が止まらなくなったり。今も親の死を引きずっている自分に、われながらあきれています。時が解決するといいますが、癒える日はくるのでしょうか?(55歳・主婦)

A.いつの日か癒えるといいたい。心と心のつながりはずっと生きています。

まずお伝えしたいのは、大事な人を失って悲しむのは、極めて自然だということ。それが20年も前のことであろうと、です。特に、親との間に太い絆があればあるほど、その死による心のダメージは大きいもの。なので、悲しみ続ける自分を、おかしいとか、間違っているなどと責めないでください。
この悲しみが、いつか癒える日がくるのかという問いには、私は、「必ずきます」と答えたい。なぜなら、人と人は、心と心でつながることができるから。お母さんの人生を振り返り、その思いをつないでいく。まずは、そこから始めてみてはいかがでしょうか。

Q.大好きな母の死を受け入れられるのか心配……

母とはとても仲がよく、大好きで、かけがえのない存在です。なので、母がいずれ亡くなるのだと考えただけで、恐怖で胸がつぶれそうになります。今からこんな状況では、“その日”がきたとき、自分がどうなってしまうのか心配。親の死を、穏やかに受け入れられるようになりますか?(48歳・会社員)

A.年齢とともに衰弱するのは自然なことなのです。

大事な人と、少しでも長く一緒にいたい。そう思うのは当然ですから、「今からお別れの準備をしましょう」とは、とてもいえません。けれど、誰もがいつかは最期を迎えますし、体には年齢相応の衰えが起こります。お母さんのことが大好きなあなたにとっては、つらいことかもしれませんが、それは、大前提として知っておいていただきたいと思います。

そして、“その時”がきたとき、どうするか。お母さんの命をむりやり長らえさせよう、衰弱をくい止めようとすれば、かえって大事なお母さんを苦しめてしまうかもしれません。それよりも、お母さんの体の声に耳を傾け、自然の流れの中で、穏やかなお別れをしていただきたいと思います。
親の死の「迎え方」「癒し方」Q&A

Q.父に穏やかな最期を迎えさせてあげられず後悔しています

父は生に執着するあまり、病気になった自分の運命を受け入れることができませんでした。「心臓に疾患があるから」と医師に断られても抗がん剤治療を熱望し、その副作用で呼吸困難に陥っても目を見開き、昏睡に陥る直前まで周囲に怒鳴り、暴れていました。鬼のような形相が今も目に焼きつき、トラウマになっています。病気が見つかったときはすでに末期だったので、治すことに躍起になるのではなく、がんと共存するかたちで痛みや恐怖を抑えた穏やかな最期を迎えさせてやればよかった……と後悔しています。(55歳・自由業)

A.穏やかな死=最高の最期ではありません。

病気と共存するよりも、最後の最後まで病気と闘い、突き進む。それこそが、お父さんの生き方であり、誇りある姿なのではないかという気がします。だとしたら、これは最高のお別れの仕方のひとつ。たとえ最期を怒りの表情で迎えたとしても、それがその人らしさならば、それもまた穏やかな死。お父さんはきっと満足だっただろうと思います。

もしも私がお父さんの担当医なら、「最後まで闘いたいんですね。その思いはどこからくるのでしょう」と、聞いてみたい。おそらく、「孫の成長を見たい」など、死ねない理由があったのだろうと思います。お父さんという人を、そんなふうに理解してあげることもできるのではないでしょうか。

Q.ひとり遺された母への寄り添い方

しっかり者だった父が亡くなり、実家には母ひとりになってしまいました。気落ちしている母にどう寄り添えばいいのか、アドバイスをお願いします。(48歳・パート)

A.お父さんならどんな言葉をかけるか……を考える。

穏やかになれる条件は、人それぞれ違います。何があれば笑顔になれ、自分らしくいられるのか。まずはお母さんの性格や生活などを踏まえ、考えてみましょう。それがイメージできたら、なるべくその状況になれるようにサポートを。おしゃべりが好きなら会話の機会を増やす、食べるのが好きならおいしいものを送る、といった具合です。

また、お父さんが、向こうからどんなメッセージをお母さんに伝えるだろうかということにも、思いを馳せていただきたいですね。「お父さんはこんな人だったよね。きっと、天国からお母さんに、こういっているんじゃないかな」。それが、「会いたい」という気持ちや寂しさを、お母さんにもたらすかもしれませんが、同時に絆の再確認になり、“今”を穏やかに生きる力になるだろうと思います。

 
⑤親の死をうまく受け入れるために知っておきたい「8つの言葉」

悲しみや喪失感、後悔、感謝、恨みつらみ……。親の死がもたらす感情は人それぞれ。そんな自分の気持ちをうまく受け止めるにはどうすればいいか。ホスピス医の小澤竹俊先生に心構えをうかがった。

1.人間の死亡率は100%。まずそれを受け入れましょう

「人間の死亡率は100%、誰も死を避けることはできません。あたりまえのことですが、まずは、それをしっかりと受け入れて。そして、人間の体は、加齢とともにだんだんと衰弱していくのだということも、覚えておいていただきたいと思います」と、小澤先生。だんだんと歩ける距離が短くなり、自分の世話ができなくなり、いろいろなことを忘れ、食べる量が減り、眠る時間が長くなる。加齢とともに深刻になる体の衰えも、死と同じく、解決が困難だ。
「老いを苦しみだとするならば、残念ながら、その苦しみを取り除くことはできません。けれど、苦しみを抱えながらも、穏やかに過ごし、笑顔でお別れを迎えることは可能。その視点を大事にしていただきたいと思います」

2.最期をどう迎えるかは、みんなで悩み、みんなで決めて

医師からすすめられた治療に、家族が決断を迷うケースもある。

「本人が意思決定や意思表示できない状況にある場合もあれば、家族それぞれの思いが異なる場合もあるでしょう。やる・やらない、どちらを選ぶにしても、利益と不利益の両方が存在しますから、少なからず後悔はあるだろうと思います。大前提は本人の思いを尊重すること。今は意思表示できなくても、過去に話していたことや言葉にヒントがあります」

例えば胃ろう。食べることが好きだった親ならやめる、母との時間をなにより大切にしていたなら行う、など。

「また、後悔を少しでも減らすのに大切なのは、『ひとりで決めない』『一回で決めない』『専門家の言いなりにならない』こと。家族みんなで悩み、何度も話し合った末に決めた選択肢は、どれを選んでも後悔は少ないのではないでしょうか」
親の死をうまく受け入れるために知っておきたい「8つの言葉

3.「3つの支え」が死を穏やかなものに導いてくれます

親の死を上手に受け入れられるか否かは、親自身が穏やかな最期を迎えられるかどうかもカギに。

「それは、3つの支えがあれば、可能だと思います。ひとつ目の支えは、『将来の夢』。残された時間が少なくても、将来の夢をもつことはできますし、現世ではなく、死を超えた将来の夢であってもかまいません。夢を抱くと、人は心に輝きを取り戻せます」
2つ目の支えは、「支えとなる関係」。自分を認め、寄り添い、信頼できる誰かの存在が、穏やかな気持ちへと導いてくれる。「人間にかぎらず、ペットや自然、信仰も、大きな支えになります」
3つ目の支えは、「選ぶことができる自由」。これは、特に看取る側が意識したいことだとか。
「死が近づいてくると、選択肢が狭まるのは事実。けれど私は、選ぶ自由があることは、その人が自分らしく生きるために必要なのと同時に、心の支えになると思っています。人それぞれ、支えとなる『選ぶことができる自由』は異なります。下記は、その一例。こうした視点から、親御さんは、どんな自由があれば、穏やかに過ごせるか、考えてみてください」

「選ぶことができる自由」はこんな視点で考える

療養場所

死が近づいてきたとき、自宅、病院、介護施設など、親はどこで過ごしたいと思っているのか。この選択が尊重されれば、気持ちはかなり穏やかに。病状や状況によってはむずかしく思えても、家族が勝手に決めるのはNG。本人の希望や家族の事情など、一度医療機関など専門家に相談を。

保清

保清とは、体を清潔に保つこと。特に大きいのが、入浴やトイレの問題。ひとりでできていたトイレができなくなったとき、紙おむつでもOKか、はってでも自力でトイレに行きたいか。親の希望を聞いたうえで、家族や専門家がどんなサポートができるのかを、みんなで話し合って。

栄養

人生の最終段階に入ると、口から栄養を取り入れることは、だんだんとむずかしくなる。とはいえ、食べることを生きがいとしていた人に、有無を言わせず、点滴や胃ろうを施すのは考えもの。どんな方法であれば、親は落ち着いた気持ちで過ごせるのかを聞き、対応策を専門家と考えたい。

4.死を目前にした親には、首を縦にふれる言葉をかけて

近いうちにお迎えがくる。そんな状況にある親に、どんな言葉をかけたらいいのか。読者からは、そんな悩みも寄せられた。
「親御さんが首を縦に振る言葉を探す。それに尽きると思います。『お父さんはいつも私たちに、約束は必ず守りなさいっていっていたよね』『お母さんが私たちに一番伝えたかったのは、きょうだい仲よくということだよね』。本人が伝えたいであろうメッセージを、言葉にすれば、たとえ会話ができない状態であっても、うなずいてくれます。病気と闘いたいお父さんなら、『お父さんは、まだまだ死にたくないんだよね』と。そうやって、自分の思いを受け止めてくれる人がいることは、そのかたの心に平穏をもたらしてくれるはずです」

5.後悔にさいなまれたときは亡くなった親と会話を

病院で最期を迎えさせたことを親は怨んでいるのではないか、あの治療法は正解だったのか、元気なうちにもっと会いにいけばよかった。親の死後、自責の念を抱くことも少なくない。
「自問自答だと、どうしても自分を責めてしまいがち。なので、一人二役で、親御さんと心の中で会話をすることをおすすめします。
例えば、『私の判断で入院させてしまったけど、イヤだったよね』と、問いかけてみてください。そのとき、親御さんはどんな顔をしていますか? 穏やかな笑顔で、『そんなことないよ。あなたには感謝しているよ』と答えるのではないでしょうか。心の中で思い浮かべる親御さんは、決してあなたを責めたり、非難したりすることはないだろうと思います。後悔にさいなまれている人が心穏やかになれるには、本人からの許しが必要なのです」

6.ふがいない自分を認めてくれる存在をもつ

親の介護や看護も十分できていないうえに、仕事や家庭のことも中途半端になっている。そんな状況に自己嫌悪を抱く人もいる。
「人生は、『よくできました』ばかりではありません。100点満点ではなく、50点のときも、もちろんあります。そんなあなたのことを認めてくれる誰かが、すぐ近くにいるのではないでしょうか。ぜひ、そのことに気づいてください」
家族、友人、職場の仲間。「がんばっているよね」「よくやっているよ」と、自分を認めてくれる存在。その存在に気づけるのは、100点満点で自信にあふれた自分ではなく、50点しかとれず、気落ちしている自分だからこそ。
「弱い自分を認めてくれる誰かがいる。それが、弱さの中の強さとでもいうべき、たおやかな力になるのだと思います。ただし、『50点でいいんだ』と開き直るのは危険。最善をつくす気持ちは、どうぞ忘れないでください」
親の死をうまく受け入れるために知っておきたい「8つの言葉」

7.親の死を悲しめない自分がいてもいいんです

「親御さんの死を悲しめないという人もいるでしょう。きっと、親にかわいがられなかったり、過去に抱いた不公平感や不条理など、そう思わざるをえない合理的理由があるのだろうと思います。親への愛着があれば悲しみは大きく、なければ悲しみも少ない。それは、ごく自然なこと。悲しめない自分を責める必要はありません」
過去の親子関係や、親から受けた仕打ちがトラウマになり、今なお自分を苦しめているのなら、“幼い自分”と対話を。「悲しんでいるよね」と、共感し、「大丈夫、ひとりじゃないよ」と、優しい言葉で包み込む。
「むずかしい作業ですが、再出発をするには、心に傷を受けた時点に立ち戻り、そのときの自分に寄り添うことが大切です」

8.親が目に見えない存在になっても心と心の絆は残ります

「大事な存在を失ってなお心穏やかでいるために、ぜひ皆さんにしていただきたいこと。それは、親御さんの人生をなぞることです」
親とのエピソードを振り返る、家族など親を知っている人と思い出話をする、写真を見直す。親が存命の場合、親に直接、幼少期や青春時代も含め、その半生を聞くのもいい。親の生き様や人となりを知り、心にとめることで、親は自分の中に生き続ける。
「繰り返しになりますが、目に見え、手に触れられる存在でなくなったとしても、心と心のつながり、絆は確実に残ります。そしてそれが、穏やかにお別れを迎えるためになによりも必要なことだと、私は思います」
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