食にからめてジェンダーの問題を描いた『おいしいごはんが食べられますように』【斎藤美奈子のオトナの文藝部】

アラフィー女性に読んでほしいおすすめ本を、文芸評論家・斎藤美奈子さんがピックアップ。今回は食を通じてジェンダーの問題を描いた『おいしいごはんが食べられますように』とほか2冊をご紹介。
斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『名作うしろ読み』『ニッポン沈没』『文庫解説ワンダーランド』『中古典のすすめ』『忖度しません』『挑発する少女小説』ほか著書多数。
おいしいごはんが食べられますように

仕事や男女関係を“食べ物”を通して鋭く描く

食をテーマにした物語は少なくない。何げない食べ物に癒されるとか、思い出の味から過去を回想するとか、多くは食を肯定的に描いたものだ。


タイトルだけ見ると、高瀬隼子『おいしいごはんが食べられますように』もその種の小説に思えるだろう。ところが話はまるで異なる。極端にいえば、これは皮肉に満ちたアンチグルメ小説。食に対する世間の無条件の礼賛ぶりに背を向けるような作品なのだ。


舞台は食品や飲料のラベルパッケージを製作する会社の埼玉支店。主人公の二谷は入社7年目。30歳手前の男性で、東北の支店から3カ月前に転勤してきた。


二谷は食にとことん無関心な人物で、〈一日三食カップ麺を食べて、それで健康に生きていく食の条件が揃えばいいのに〉と考えている。〈一日一粒で全部の栄養と必要なカロリーが摂取できる錠剤ができるのでもいい。それを飲むだけで健康的に生きられて、食事は嗜好品としてだけ残る。酒や煙草みたいに〉が理想である。


仕事に対する意欲も、恋愛に対する興味も似たりよったりだが、当たり障りのない人生を生きてはきた。物語は二谷とふたりの女性の同僚の関係を中心に展開する。


まず、1歳上の芦川さん。人に会うのが苦手らしく、仕事もさぼりがちだが、なぜか職場では許されている。もうひとりは理由もなく優遇されているその芦川さんが嫌いだと二谷に耳打ちしてきた押尾さん。高校時代はチアリーディング部で活躍したという彼女は仕事に対する意欲も高い。


で、二谷はどうしたか。押尾と意気投合し、会社帰りに居酒屋に立ち寄る飲み友だち的な関係をもちつつ、なりゆきで芦川と付き合いはじめるのである。〈二谷さん、わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか〉と押尾に誘われ〈いいね〉と答えたのに。


ここから先がおもしろい。芦川は週末ごとに二谷のマンションを訪れて、いかにも家庭的な手料理をふるまうが、それが二谷にはうっとうしくてしかたがない。芦川が眠ったあと、ひとりでこっそりカップ麵を食べて〈ようやく、晩飯を食べた、という気がした〉という屈折ぶり。しかし芦川の女子力アピールはますますエスカレートし、今度は職場にたびたび手作りの菓子を持参してふるまうようになった。二谷と押尾はウンザリしつつ、当面は調子を合わせるふりをしていたが……。


二谷は一見ダルなキャラだが、恋人の手料理を喜ぶ男よりずっとマシ。〈残業して、二十二時の閉店間際にスーパーに寄って、それから飯を作って食べることが、ほんとうに自分を大切にするってことか〉という問いは鋭い。自分が「世話焼きおばさん」と化していないか反省させられる小説だ。

『おいしいごはんが食べられますように』

高瀬隼子 講談社 ¥1,540

めしはコンビニばかりだという相手に「お味噌汁だけでも作ってみたら」と提案する女性。わざわざ手作りしなくても、コンビニやスーパーで買えばいいじゃんと考える男性。「おれは、おいしいものを食べるために生活を選ぶのが嫌いだよ」という彼は、少年時代に母や祖母からかけられた「男の子なんだからいっぱい食べないと」という声も嫌いだった。食をめぐるすれ違いを、見逃しがちなジェンダーの問題をからめて描いた佳編。

あわせて読みたい!

『 水たまりで息をする 』

水たまりで息をする

高瀬隼子 集英社 ¥1,540

夫が「風呂には、入らないことにした」といいだした。水がカルキ臭いのが嫌だという。妻はペットボトルの水を使えばとすすめるが、夫は雨が降るたび傘を持たず外出するようになる。日常に潜む小さな違和感から広がる波紋を描いた’21年の芥川賞候補作。

『 ライオンのおやつ』

ライオンのおやつ

小川 糸 ポプラ社 ¥1,650

こちらは食を肯定的に描いた物語。余命宣告を受け、瀬戸内の島にあるホスピスに入った女性。ホスピスでは毎週日曜日に入居者が生きている間にもう一度食べたいおやつをリクエストすることができた。’20年本屋大賞の2位になり、’21年にはNHKでドラマ化もされた話題作。

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