テレビ局で働く人々の人生を描く業界小説『砂嵐に星屑』【斎藤美奈子のオトナの文藝部】

アラフィー女性に読んでほしいおすすめ本を、文芸評論家・斎藤美奈子さんがピックアップ。今回はテレビ局を舞台にした連作短編集『砂嵐に星屑』とほか2冊をご紹介。
斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『名作うしろ読み』『ニッポン沈没』『文庫解説ワンダーランド』『中古典のすすめ』『忖度しません』『挑発する少女小説』ほか著書多数。
砂嵐に星屑

テレビ局で働く人々の平凡な人生を物語る業界小説

砂嵐と聞いて「テレビ番組終了後のザーッていう画面のこと」と理解するのは、何歳くらいまでの人だろうか。

一穂ミチ『砂嵐に星屑』は大阪の民放テレビ局を舞台にした連作短編集である。かつては花形産業だったテレビ局もネットに押されて今や斜陽。そのせいもあってか、収録された4作品の主人公は皆、仕事への情熱を失っている。

「〈春〉資料室の幽霊」の主人公・三木邑子は43歳のアナウンサー。10年前、上司だった局の看板アナウンサー・村雲清司との不倫が原因で東京に異動になり、このほど大阪に戻ってきた。昨年の春に定年退職した村雲が、暮れに病死したためと思われた。露骨すぎる人事。邑子はため息をつく。

〈十年で街はこんなに変わったのに、わたしはただ年を取り、老いへと下っていっただけ。積み重ねた財産も身につけた武器も見当たらないまま、若さという唯一の取り柄さえ失ってしまった〉


かといって局をやめ、フリーになるという選択肢も彼女にはない。フリーで華々しく活躍できるのは東京の、それもひと握りのスター的な女子アナだけ。〈どこかの事務所に所属し、ナレーションやイベントの司会をこなす──その都度オーディションを受け、若い子と比較されながら? 運よく仕事にありつけたとしても、おそらく収入は今の半分以下になる〉。そんな冒険はとてもできない。

一方、第2話「〈夏〉泥舟のモラトリアム」の主人公・中島は52歳。報道部のデスクである。入社時には30人ほどいた同期も今は20人いるかどうか。ことに50歳の坂を越えたころから、退職金の上乗せもあって早期退職する者が増えはじめた。〈斜陽著しいマスコミ業界に六十歳までしがみつくのか、ここで転機を図るのか〉の瀬戸際に彼らは立っている。

〈「ほんま、試されるお年頃やで」/「泥舟から逃げ出すねずみみたいなもんやろうな」と中島は答えた。/「中島は逃げへんのか?」/「逃げたとて、次のアテなんかあらへん」〉。/〈「娘もまだ大学二年生やし、冒険も隠居も無理や」〉


これが中島の現実だ。しかも彼はマスメディアへの反発を隠さない娘と冷戦状態を続けていた。

アラフォー、アラフィーの会社員に襲いかかるアイデンティティの危機! テレビ局ではなくっても、よくある話かもしれない。

とはいえ『砂嵐に星屑』という書名どおり、小説は一見しょぼくれた登場人物の平凡な仕事ぶりの中に一条の光を見出していく。


死んだ村雲の幽霊が資料室に出るという噂から、過去と向き合わざるをえなくなる三木邑子。「マスゴミ」と罵(ののし)られても黙々と災害報道を続けて、娘との関係改善にいたる中島。派手さがまるでないという意味で、出色の業界小説だ。

『砂嵐に星屑』

一穂ミチ 幻冬舎 ¥1,650

本文で紹介した作品以外の2編は、ゲイの男性と同居する20代タイムキーパーの女性を描いた「〈秋〉嵐のランデブー」と、非正規雇用で働く30代の男性ADが主人公の「〈冬〉眠れぬ夜のあなた」。かつての華々しい時代を知る40代の邑子や、50代の中島が「もう冒険はできない」とかいっているのに対し、20代の結花は最初から多くを望まず、30代の晴一はゆるく絶望している。そのリアルな世代差がおもしろい。

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『 スモールワールズ 』 一穂ミチ 講談社 ¥1,650

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『 泥の中を泳げ。 テレビマン佐藤玄一郎 』

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吉川圭三 駒草出版 ¥1,760

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