80歳過ぎの男女が3人で死を選んだ理由とは。江國香織『ひとりでカラカサさしてゆく』【斎藤美奈子のオトナの文藝部】

アラフィー女性に読んでほしいおすすめ本を、文芸評論家・斎藤美奈子さんがピックアップ。今回は老いと死について考えさせられる、江國香織の『ひとりでカラカサさしてゆく』とほか2冊をご紹介。
斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『名作うしろ読み』『ニッポン沈没』『文庫解説ワンダーランド』『中古典のすすめ』『忖度しません』『挑発する少女小説』ほか著書多数。
『 ひとりでカラカサさしてゆく 』

『ひとりでカラカサさしてゆく』
江國香織 新潮社 ¥1,760
大晦日の夜、80代の3人の男女が猟銃自殺という衝撃的な手段で命を絶った。しかも彼らは生前に打ち合わせて同じ埋葬場所を準備し、多額の葬儀費用まで用意していた。完爾の息子や知佐子の孫娘ら、警察に呼ばれた彼らの家族は突然のできごとに動揺し、父や祖母のことをほとんど何も知らなかったことに気づく。タイトルは野口雨情作詞の『雨降りお月さん』に由来。3人の周囲の人々が多数登場し、ちょっとした群像劇の趣(おもむき)も。

80歳過ぎの3人の男女が一緒に死を選んだわけは……

一般的には老人と呼ばれる年齢の人たちを肯定的に描いた小説が増えはじめたのは21世紀の初頭くらいからだろうか。老いてなお軒昂な女性たちの物語は時に青春小説を思わせる。

やはり老人と呼ばれる世代を描いた江國香織『ひとりでカラカサさしてゆく』はしかし、それらとはテイストの異なる作品である。

物語は大晦日の夜、80歳を過ぎた3人の男女がとあるホテルのバーラウンジに集まるところから始まる。篠田完爾86歳、重森勉80歳、宮下知佐子82歳。彼らは1950年代、美術系の小さな出版社に務める編集者仲間として出会い、以来誰かが転職しても会社がつぶれても、勉強会と称して親しい付き合いを続けてきた。

〈三人とも、思い出話ならいくらでもできた。おなじ時代を生きてきたのだ。気がつけば、家族とよりもながいあいだ一緒にいる。家族とほど親密な関係だったことはないにしろ、大昔にはほれたはれたに類することがまったくなかったわけでもなく〉という、ちょっとすてきかもしれない関係。

ところが翌朝、予期せぬできごとが起きる。同じホテルの一室で3人は命を絶ったのだ。しかも自殺の手段は、睡眠薬でも練炭でもロープでもなく、猟銃!

このニュースを見た知佐子の孫に当たる男性は、まさか祖母が当事者とも知らず〈現場の様子は想像を絶する〉と考える。ほんとにそう。ライフル銃であれ散弾銃であれ、猟銃の破壊力はすさまじく、3人の遺体が原型をとどめていたとは思えない。厳格な管理義務が伴う猟銃をどうやってホテルに持ち込んだのか。それ以前になぜ彼らは3人一緒の死を選ばなければならなかったのか。

ミステリー小説であれば、以上のような謎の解明に向かって物語は進行するはずだ。しかし、この小説は読者の疑問を置き去りにして、それぞれの困惑を抱えながらも以前と変わらぬ日常を生きてゆくしかない残された人々の日々を淡々と追ってゆくのだ。

この計画を6〜7年前、最初に考えたのはがんを患っている完爾だった。経済的に追い詰められていた勉は、それに便乗したのだといった。そして知佐子は遺書に〈もう十分生きました〉と記した。

〈あたしはお金はあるんだけど、お金があってもほしいものがなくなっちゃったの。ほしいものも、行きたいところも、会いたい人も、ここにはもうなんにもないの〉

正直、肩透かしと思う人も多いだろう。が、衝撃的な事件と、その前後に流れる静かな時間との対比は鮮やかで、老いと死について考えざるをえなくなる。ちなみに彼らが命を絶った大晦日はコロナ下の2020年であることが示唆されている。あえて答えを書かず読者に解釈をゆだねた問題作だ。

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