【有吉玉青さんインタビュー】父と娘は永遠の恋人、その意味をフィクションで考えてみたかった

母で作家の有吉佐和子さんや祖母との思い出をつづったエッセーはもちろん、みずみずしい感性が光る小説でも知られる有吉玉青さん。最新作『ルコネサンス』は“自伝的フィクション”だが、「一緒にいた記憶がなく、顔も知らなかった父と再会したのは事実。それをもとに、父と娘がひと時恋人同士のようになる話を書こうと思いました」とほほえむ。
有吉玉青さん

「私の生後すぐに両親が離婚し、母と祖母の3人で暮らしていましたが、寂しさはまったくなかったんです。母が亡くなったのは私が二十歳のときで、数年後に祖母も送り、その後しばらくして、伯父のすすめで二十数年ぶりに父と会いました。父は話がおもしろくて魅力的な人でしたが、一方で私はそれ以前から“父と娘は永遠の恋人というけれどどういう意味?”と思っていて。父と娘の恋愛が現実なら問題ですが(笑)、小説にすればその謎を探ることができるかもしれないと思いました」

本作の主人公は26歳の大学院生・珠絵。彼女は偶然をよそおい銀座のバーで二十数年ぶりに父である「ジンさん」と出会うが、娘だと言いそびれてしまう。食事を重ねるうちに珠絵は「ジンさんが好き」と思うようになるが、ある事実が発覚。珠絵の結婚が決まると、改めて父と娘として再会することになる。

「ずっと会っていなかった父を失望させたくない、自分をよく見せたい。珠絵と同じように私もそう思いました。でもだんだんギクシャクしてくるし、素(す)の部分も見えてくる。そんな変化をおもしろいと感じたことも本作を書いた動機のひとつです。ただ珠絵は私と違って父に恋愛感情めいたものがあっただけに、父と再婚相手との関係など未知の面が見えてくると“こんな人だったの!?”という思いが強くなる。珠絵の感情が高ぶる場面もありますが、私にはできないことを彼女はやるので、書いていて楽しかったですね」

やがてふたりの関係に再び変化が訪れる。その理由は父の病。入院先に通いながら、父との未来のために珠絵がとった行動は、そして彼女がたどりついた心境とは……。

「珠絵は現実を受け容れまいとしますが、私自身もそうでした。悲観的になったら、父が病気に負けてしまう気がしたんです。執筆中にもはや事実を書いているのか、フィクションを書いているのか、わからなくなってきましたが、いずれにしろそこに何かしらの真実が宿っていればと思っています」

お互いを大切に思い合っているのに、不器用にしか気持ちを表せない父と娘。その道のりは平たんとはいえないものだったが、読み終わったときには美しい余韻に浸りつつ、親との時間について真剣に考えたくなるに違いない。

『ルコネサンス』

『ルコネサンス』

タイトルの意味は「相互承認」。大学院でサルトルを学ぶ珠絵は再会した父に恋愛感情めいたものを感じるが、恋人と結婚。改めて父娘になる一方で夫の両親との関係も生まれ、家族について考えるようになる。バブル期を背景に女性が成長する姿が印象的な長編小説。集英社¥2,035

有吉玉青

有吉玉青

ありよし たまお●’63年、東京都生まれ。大阪芸術大学教授。’89年に母・佐和子との日々をつづったエッセー『身がわり』を上梓し、翌年同作で坪田譲治文学賞を受賞。’14年に母を支えた祖母を描いたエッセー『ソボちゃん』を発表。小説に『月とシャンパン』『美しき一日の終わり』、エッセーに『雛を包む』『恋するフェルメール 37作品への旅』など著書多数。
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