人気者が女の体と引き換えに抱いた孤独とは?桜木紫乃『孤蝶の城』【斎藤美奈子のオトナの文藝部】

アラフィー女性に読んでほしいおすすめ本を、文芸評論家・斎藤美奈子さんがピックアップ。今回は、性転換した人気者の孤独について描いた『孤蝶の城』ほかLGBTQにからめた小説をご紹介。
斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『名作うしろ読み』『ニッポン沈没』『文庫解説ワンダーランド』『中古典のすすめ』『忖度しません』ほか著書多数。近著に『挑発する少女小説』(河出新書)。
『 わたしたち 』

“女の体”を手に入れた芸能界の人気者が抱えた孤独

今、LGBTQに対する理解は急激に進んだが、少し前まで彼ら彼女らはあからさまな差別と偏見の対象だった。

桜木紫乃『孤蝶の城』は、そんな時代に独自の道を切り開いた人の物語である。主人公の戸籍上の名前は平川秀男。北海道の釧路に生まれ、15歳で家出して、札幌のゲイバーを皮切りに、東京、大阪と渡り歩き、現在はカーニバル真子の芸名で深夜テレビに出たり舞台にも立ったりしている。

物語は1973年、30歳となり、芸能界の人気者として成功した秀男が何年も迷った末にモロッコで性転換手術を受けるところから始まる。女になりたいわけではなかった。〈飽きっぽい世間を相手にしている世界にあっては、次の話題を作らねば生き残るのは難しい〉のが主な理由だった。

死を覚悟するほどの思いをして手術をし、帰国した秀男を迎えたのは3本の週刊誌インタビューだった。すべてグラビアページ込みで、写真はヌード撮影という。口さがない質問が浴びせられる。

〈もう使ったんですか〉〈使うご予定とお相手は、もう決まっているんでしょうか〉〈今まで立ちションをしていたんですか〉

うんざりしながらも、リングに立ったボクサーのような気持ちで秀男は質問に答えていく。

主人公・秀男のモデルはカルーセル麻紀さん。実は3年前に出版された『緋の河』の続編で、前作では釧路で生まれ育った秀男がカーニバル真子として成功するまでの成長物語であり、サクセスストーリーでもあった。それに対して『孤蝶の城』で描かれるのは、成功を手にして走り続けるしかなくなった人の苦悩である。

〈カーニバル真子の体が女になるには元男の肩書きが必要で、元男だから売り物になり週刊誌が騒いでくれる〉。だからこそペニスを切って膣を造設する手術に踏み切った。〈もう前に進むしかない体を作ってしまった〉。

生まれながらの自分の体に違和感がある人はかつて「性同一性障害」と呼ばれていた。が、’19年、WHOが「精神障害」の分類から性同一性障害をはずしたことで、この言葉は近年ほとんど聞かなくなった。性の多様性に対する認識は年々進んでいるのである。

とはいえ秀男の場合は、それとも異なる。女の体はショービジネスの世界で生きていくために選んだ手段に近い。そのぶん孤独は深いのだけれども、何があってもめそめそせず、独自の道を歩み続ける姿はすがすがしい。

このあと、秀男は芸能プロダクションに所属し、辣腕のマネジャーや新人の少女演歌歌手もからんで、さらに波乱の展開が続く。女の体と話術だけでは勝負できないと悟った秀男はどこを目ざすのか。最後まで興味津々だ。

『孤蝶の城』

桜木紫乃 新潮社 ¥2,090

男に生まれるも、モロッコで性転換手術を受け、女の体を手に入れた秀男は、生き馬の目を抜く芸能界で生き残っていけるのか。作者はモデルとなったカルーセル麻紀さんと同じ釧路の出身。物語の大部分は虚構というが、’70年代の芸能界を彩った多彩な登場人物には「あの人のことかも」と思わせるスターの姿も。初恋の相手で力士になった文次との再会など、ほろりとさせるエピソードも多々あって飽きさせない。

あわせて読みたい!

『 緋の河 』

『緋の河』

桜木紫乃 新潮文庫 ¥1,045

幼少時から「めんこい顔だ」といわれて育った秀男は卓越した美貌の持ち主。「なりかけ、なりかけ。女になりかけ」と同級生にはやされるも、やがて15歳で家出。札幌のゲイバーで才能を開花させていく。胸を揺さぶる’19年刊の青春小説。

『 ミッドナイトスワン 』

『ミッドナイトスワン』

内田英治 文春文庫 ¥770

歌舞伎町のニューハーフショークラブでステージに立つ凪沙(なぎさ)はもうじき40歳。女として生きていくと決めたのは30歳を過ぎてからだった。そこに親戚の娘が現れて同居を始めるが……。草彅剛の主演で話題になった’20年の映画の小説版。

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