石見銀山が舞台のドラマティックな時代小説『しろがねの葉』【斎藤美奈子のオトナの文藝部】

アラフィー女性に読んでほしいおすすめの本を、文芸評論家・斎藤美奈子さんがピックアップ。今回は、戦国末期から江戸初期にかけて、最盛期だったころの石見銀山を舞台にした時代小説『しろがねの葉』ほか2冊を紹介。
斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『名作うしろ読み』『ニッポン沈没』『文庫解説ワンダーランド』『日本の同時代小説』『中古典のすすめ』『忖度しません』『挑発する少女小説』ほか著書多数。
『 しろがねの葉 』

戦国末期の石見銀山で果敢に生きた女性の一代記

島根県の石見銀山(いわみぎんざん)をご存じだろうか。16〜17世紀には世界経済に影響を与えるほどの銀を産出。2007年にユネスコ世界文化遺産に登録されるや、たちまち人気の観光地となった。

千早茜『しろがねの葉』は戦国末期から江戸初期にかけて、最盛期だったころの石見銀山を舞台にしたドラマティックな時代小説だ。

主人公のウメは幼いころから暗闇でも目の利く子供だった。生まれたのは食うや食わずの貧しい農村。〈山を二つ、三つ越えた石見の国にな、光る山があるんじゃと〉〈銀を掘れば米が食えるそうな〉という噂はあったが、誰も本気で信じてはいなかった。

だがある夜、森の中に連れ出されたウメは、父に殺されると察知して逃亡。山師(新しい鉱脈を発見して掘る場所を指示する仕事)の喜兵衛に拾われるのだ。

〈威勢のいい餓鬼じゃ。手子(てご)にする。間歩(まぶ)じゃあ人手はいくらあっても困らん〉。手子とは鉱山の下働き、間歩とは坑道のことである。当時の鉱山は女人禁制だが、ウメはまだ10歳にも満たない子供だった。そして新たに始まる彼女の銀山での人生!

数奇な運命というほかないけれど、本書の最大の魅力はやはりウメのキャラクターである。

「夜目が利く」という間歩の闇の中ではがぜん有利な身体能力に加え、この子の負けん気の強さといったら半端ではない。彼女をバカにしたりちょっかいを出してくる男たちには平気で噛みつく(レトリックではなく歯で)。誰に対しても物怖(ものお)じせず、父親がわりの喜兵衛も呼び捨てにする。

あげく〈うちも間歩で稼ぐ〉といいだした。〈喜兵衛が死んでも、食うていけるようにじゃ〉。落盤事故で夫を亡くし、なすすべもなく立ちつくす妻の姿を見たからだった。そんなウメの意欲と能力を買い、〈おまえは間歩で生まれた鬼娘だ〉とばかり、喜兵衛も彼女に山の知識や読み書きを教え、手子として間歩の中に連れて入る。

だが半面、彼は鉱山労働の過酷な一面も知っていた。

銀掘は鉱山病に体を蝕まれ、長く生きられないといわれていた。そのため〈銀山のおなごは三たび夫を持つ〉のだとも。事実、男子に遜色なく山で働いたウメもやがて初経を迎え、自身の体の変化を呪うようになるのだが……。

本書のもうひとつの魅力は、銀山を中心とした多彩な人物の存在である。最初はライバルとして出会い、のちにウメと結婚する隼人。喜兵衛の下で働く外国人らしきヨキ。ウメを姉のように慕う青い目の少年・龍。そして出雲のおくにとのつかの間の出会い。

石見銀山の町並みや間歩を訪れたことのある人なら興奮もひとしおのはず。アニメーションになったら絶対ヒットしそう!

『しろがねの葉』

千早 茜 新潮社 ¥1,870
農村が疲弊していた戦国末期、銀山を有する石見だけは潤っていた。親元を逃げ出してここの娘となったウメはいきいきと暮らしていたが、江戸幕府が成立し、銀山が徳川の支配下に入ると徐々に管理が厳しくなっていく。物語の後半は成人後のウメを描く。銀掘になるという彼女の夢はかなったのか。そして最愛の夫・隼人との関係は? 表題は鉱脈のありかを示す、光るシダの葉に由来する。波瀾に富んだ女性の一代記。

あわせて読みたい!

『 魚神 』

『魚神(いおがみ)』

千早 茜 集英社文庫 ¥649

舞台はかつて遊女屋が軒を連ねていた島。姉らしき白亜と弟らしきスケキヨは一緒に捨てられ、この島の老婆に拾われた。やがて成長したふたりは引き裂かれるが…。’08年の小説すばる新人賞を受賞した千早茜のデビュー作。幻想的な作風で読者を魅了し、’09年の泉鏡花文学賞も受賞。

『 輝山(きざん) 』

『輝山(きざん)』

澤田瞳子 徳間書店 ¥1,980

こちらの舞台は江戸後期の石見銀山。代官・岩田鍬三郎の身辺を探るべく、中間(ちゅうげん)(武士の下での雑用係)として働く金吾を主人公に、銀山でのさまざまな人間模様が描かれる。山師らの自立性が高かった『しろがねの葉』の時代とはまた違った雰囲気で、石見の有為転変が感じられる。

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