就職氷河期世代の主人公がシェアハウスで暮らし、問題と直面していく小説『若葉荘の暮らし』【斎藤美奈子のオトナの文藝部】

アラフィー女性に読んでほしいおすすめ本を、文芸評論家・斎藤美奈子さんがピックアップ。今回は、 シェアハウスに入居し、変化と無縁ではいられないことを悟った就職氷河期世代の主人公が周りと向き合っていく『若葉荘の暮らし』ほか、コラムにまつわる本をご紹介。
斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『名作うしろ読み』『ニッポン沈没』『文庫解説ワンダーランド』『日本の同時代小説』『中古典のすすめ』『忖度しません』『挑発する少女小説』ほか著書多数。
『 若葉荘の暮らし 』

“40歳以上の独身女性限定”のシェアハウスが舞台

就職氷河期世代と呼ばれる人たちがいる。バブル崩壊後の就職難に直面した世代で、すでに40代を迎えている。

畑野智美『若葉荘の暮らし』の主人公「わたし」こと望月ミチルも就職氷河期世代である。

大学を出て辛うじて小さな出版社に入ったものの、3年未満で会社は倒産。正社員にはなれず、派遣社員や契約社員として2~3年ごとに仕事を変えるも、35歳を前に人生を考え直すべく、当座の生活費を稼ぐくらいのつもりで、洋食屋でアルバイトを始めた。

それから5年。40歳になった今もミチルは同じ洋食店のウェイトレスである。5年前に元カレと別れて以来、恋人もいない。

〈仕事を変えるか、バイトを増やすか、今以上に節約するか、家賃の安いところに引っ越すか〉

彼女がそこまで思い詰めたのは、新型コロナウイルス(作中の表現では「感染症」)に直撃されて店が存亡の危機に立たされ、バイト代が激減したためだった。

そんなとき、とあるシェアハウスを紹介される。若葉荘。玄関と台所と風呂とトイレは共同。学生アパートをリフォームしたアンティークな建物で「40歳以上の独身女性」が入居の条件だった。

こうしてミチルは若葉荘の住人になった。大家さんはやがて90歳になろうかというトキ子さん。入居者は3歳上の売れない小説家・千波、50代後半でバツ2の美佐子、同じく50代でバリキャリらしき真弓、ミチルのあとに越してきた幸子ら5人。当初は不安だったミチルもすっかりここになじみ、つかず離れずの距離感を保ちつつ生活を楽しみはじめた。

夢のような空間である。若いころ、老後はみんなで暮らそうね、みたいな話を女友だち同士でした経験のある人も多いのではないかと思うけど、本気でそうなると思っていた人は少ないだろう。実際、ミチルも20代のバイト仲間にいわれてしまう。〈知らないおばさんたちとボロアパートに住むみたいな将来になったらって考えると、生きていくのが嫌になります〉〈わたし、ミチルさんみたいにはなりたくないんです!〉と。

しかし、人は群れの動物である。シェアハウスとは、家族単位、カップル単位で設計された社会からはみ出した人、とりわけ経済的に厳しく、夫も子供もいない独身女性のシェルターとして、優れた住まい方かもしれないのだ。

住人の人生もしかし、変化と無縁ではいられない。貧困世帯や単身世帯は増えている。〈問題は感染症よりも前からあったことで、それがあぶり出されただけだ。感染症の心配がなくなったとしても、 世界が元に戻ることはない〉。

かくて若葉荘は、思いがけないかたちで次なる一歩を踏み出す。前向きな結末がすばらしい。

『若葉荘の暮らし』

畑野智美
小学館 ¥1,980

もともと不安定なバイト暮らしだったところにもってきて、突如おそった新型コロナ。夫婦ふたりでやっているバイト先の洋食屋の経営は厳しくなり、「わたし」の日常も一変した。が、不安を抱えているのは誰しも同じ。シェアハウスでの生活は、それぞれに事情を抱えた「40歳以上の独身女性」のよりどころとなっていく。コロナ禍という特殊事情の描き方から終盤の怒濤の展開まで一気読み。共同生活を送るうえでのルールも秀逸。

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『 国道沿いのファミレス 』

『国道沿いのファミレス』

畑野智美
集英社文庫 ¥605

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『 足りないくらし 』

『足りないくらし』

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