持病というほどではなくても、体質に関する悩みをもつ人は少なくないだろう。誰かに説明してもどうせわかってもらえぬ状況はなかなかにつらい。
石田夏穂『ケチる貴方』の主人公・佐藤は冷え性だ。子どものころから低体温で手は誰よりも冷たく、いつも「寒い」と感じている。ホットヨガ、朝夜の白湯(さゆ)、冷え性に効く漢方や生姜やスパイス、ジム通い、長風呂。あらゆる「温活」を試しているが改善しない。
〈私は寒いとき必死だ。こんなにも必死なのに、何故この身体は頑なに熱を生産しないのだろう。骨と皮ならまだしもお前はエネルギーの塊じゃないか。私の代謝機能よ。この身体を温める薪ならここに山のようにあるよ。頼むから、どうかケチらず使ってくれないか〉
石田夏穂はフィジカルな描写が抜群にうまい作家で、芥川賞候補になった前作『我が友、スミス』は筋トレにハマった女性がボディ・ビル大会目ざしてトレーニングに励む筋活小説だった。「スミス」とは人ではなくてトレーニング・マシンの名前である。
冷え性の佐藤はボディビルダーとは正反対のようだけど、自分の身体に対する意識の向け方が半端じゃない点では一緒。
とはいえ、彼女とて一日中、温活にかまけているわけにはいかない。佐藤は備蓄用タンクの設計と施工を請け負う、従業員200人規模の建設会社の社員である。いまだに判子が幅をきかせ、電話番が重要な業務のひとつだったりする古さが残る会社である。
佐藤は入社7年目。新人の教育を任され、こっちはこっちで大変である。小説には仕事の内容が業務連絡のように書き込まれる。
〈二人に最初に振ったのは、下請の見積を合算する作業だった。備蓄用タンクを建てるには、材料屋、加工屋、運搬屋、足場屋、組立屋、塗装屋、保温屋、検査屋、産廃屋等の、十余りの下請を動員することになる。ざっくり言うなら工事費の算出はまず下請の見積を合算することから始まる〉
お仕事小説はなべてこうありたいと思わせる現場感覚、ディテールの確かさ! 郊外の景色の一部でしかなかった球形の備蓄用タンクが、これ一冊読んだだけで急に身近に思えてくるから不思議。
心と体はひとつながり。仕事と私生活もひと続き。
新人を相手に熱心に指導を続けているうちに、ふと佐藤は気づくのだ。いつのまにか体が汗ばみ体温が上がっていたことに。今まで自分は出し惜しみする人間だったのではないか。不寛容でケチだったのではないか。
〈ならば身体がドケチだったとて、おかしな話ではない〉〈ドケチな魂にはドケチな肉体がお似合いなのだ〉
人と組織の新陳代謝について考えさせる、期待の新鋭の意欲作。