【恩田陸さんインタビュー】小説家としてチャレンジすることとは?

年間400冊を読破する作家の恩田陸さん。小説家としての新しいチャレンジとなったミステリー小説『鈍色幻視行(にびいろげんしこう)』と『夜果つるところ』の執筆の背景を伺った。
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作家・恩田陸

作家・恩田陸

おんだ りく●’64年生まれ。’92年に『六番目の小夜子』で小説家デビュー。’05年『夜のピクニック』で吉川英治文学新人賞と本屋大賞、’06年『ユージニア』で日本推理作家協会賞、’07年『中庭の出来事』で山本周五郎賞、’17年『蜜蜂と遠雷』で直木賞と本屋大賞を受賞。ミステリー、ホラー、SFなど、ジャンルを超えて多彩な執筆活動を展開する。

Q.本読みの達人である恩田さんですが、物語を“書く”側、小説家としての新しいチャレンジについて教えてください。

「小説内に別の小説が登場する“作中作”を断片的にではなくまるごとやってみたかった。それを実現させたのがミステリー『鈍色幻視行(にびいろげんしこう)』とその中で語られる正体不明の作者が書いた小説『夜果つるところ』なんです」と恩田さん。

『鈍色幻視行』の舞台は豪華客船。主人公の作家・梢が夫の雅春に誘われてそこに乗り込んだのは、不慮の事故で映像化が3度も挫折した『夜果つるところ』の関係者――映画監督、編集者などが乗船すると知り、取材したいと考えたから。彼らはみんなこの小説が呪われた理由や姿を消した作者について持論を抱く人たちで……というのが物語の発端だ。「『鈍色幻視行』は“船旅に行きたい”と思ったのが執筆のきっかけ。アガサ・クリスティー作品みたいなゆったりした船旅ものを書きたいという思いもあって、この小説と同じコースで2週間旅をしました。私が小説を書く前にその場所に行ってみるのは、インスパイアされるものが大きいから。今回はほぼ海の上でしたが、客船は大きな密室であり、舞台っぽい非日常的な空間だと感じた。そこから“日常を離れて謎について語りあう話”を思いついたんです」

一方“呪われた小説”『夜果つるところ』の執筆は、恩田さんにとっておもしろい体験だったのだとか。「この小説の作者は1作だけで消えた正体不明の人物。その人になりきって書いたので、私ではない文体だし、私だったらやらないような展開。でもわりとすらすら書けたのが不思議で、“なりすましってこういう感じなのかな”と思いました(笑)」

2作合わせて執筆期間は15年。最初に設計図を考えるタイプではなく、「進めながら考えるタイプ」という恩田さんだが、長きにわたって書くうちに『鈍色幻視行』には自分では予想していなかった面がいくつか出てきたという。

「クルーズ旅行に参加した関係者のほとんどは、小説や映画といった創作にかかわる人。彼らの発言が謎への見解だけでなく、それぞれの創作への思いにつながっていったのは意外でした。多分その理由は私が“みんなどうやって創作しているんだろう”と思っているから。作家になってずいぶんたちますが、いまだにそういう興味があるんです」

もうひとつの予想していなかった面は、雅春の前妻の存在の大きさ。梢と雅春は再婚同士だが、雅春の前妻は『夜果つるところ』の脚本化を手がけた人物。なのにふたりは彼女のことに触れようとしなくて……。「雅春と梢にも謎があるわけですが、“いくつもの謎の真相を追う話”を書きながら考えたのは、“人はあいまいさを引き受けて生きていくものなのでは”ということ。誰もがいろいろな問題を抱えていると思いますが、世の中にきれいな解決策はないし、グレーゾーンを排して物事に白黒つけようとすると人は不寛容になる。想像力が低下して思考が停止するんです。だからどんな問題であれ、あいまいな部分があっても自分が納得できる材料が見つかればその後の人生は変わるのでは。たくさんの人の複雑な感情がからみ合う『鈍色幻視行』は、そんな私の気持ちも反映されたミステリー。これからも自分が読みたい小説を書いていきたいですね」

『鈍色幻視行』

『鈍色幻視行』

恩田陸 集英社 ¥2,420

小説家の梢は“呪われた小説”の関係者が集(つど)う豪華客船ツアーに参加し取材するが……。謎がからみ合うミステリー。
夜果つるところ

『夜果つるところ』

恩田陸 集英社 ¥1,980

遊郭で暮らす「私」は男たちだけの宴会を目撃し、なぜか彼らに近しさを感じるように。退廃的なロマンが香る小説。

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