2人の女性はなぜ死を選んだのか?恩田陸『灰の劇場』【斎藤美奈子のオトナの文藝部】

アラフィー女性に読んでほしい、文芸評論家・斎藤美奈子さんのおすすめ本。今回は、作家デビュー30年にして恩田陸ワールド全開の意欲作『灰の劇場』をご紹介。デビュー作『六番目の小夜子』と、『灰の劇場』と同時に発売された『文藝別冊 恩田陸 白の劇場』も必読。
斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『文章読本さん江』『趣味は読書。』『名作うしろ読み』『ニッポン沈没』『文庫解説ワンダーランド』『中古典のすすめ』『忖度しません』ほか著書多数。
恩田 陸『灰の劇場』

灰の劇場

恩田 陸

河出書房新社 ¥1,870

小説家の「私」はかつて読んだ新聞記事がずっと心に引っかかっていた。ようやくそれを『灰の劇場』という小説にし、今は舞台化が進んでいるが、どんな場面になるのか想像もつかない。一方、彼女が生み出したTとMという事件の登場人物は同居生活を始めるが……。ふたりが20代だった’70年代から40代になった’90年代までの風俗もさりげなく織り込まれ、タイムスリップ感もいっぱい。

作家デビューして30年、恩田ワールド全開の作品誕生!

新聞でふと目にとまった記事が気になって、いつまでも頭の隅に残り続ける。新聞ではなく、今はネットニュースかもしれませんけどね。恩田陸『灰の劇場』はそんなひとつの新聞記事から始まるスリリングな小説だ。

それは年配の女性ふたりが橋の上から飛び降りて自殺したという記事だった。作家の「私」はその記事が気になり、いつか小説にと思いながら二十数年がたった。


編集者が見つけ出してきた記事は1994年4月のもので、見出しは「飛び降り?2女性死傷 奥多摩町の橋/東京」。9月に出た続報によると、ふたりは大学時代の友人同士で同じマンションで同居していたという。間違いない、これだ! ただしてっきり60代と思い込んでいたふたりの年齢は45歳と44歳。その年をとっくに超えた「私」は意外の念に打たれる。そんなに若かったの?


かくて彼女は、このふたりがどんな関係で、何ゆえ同居していたかを考えはじめ、時には妄想に悩まされるほどになるのである。

と同時に小説では「私」の頭が考えたふたりの姿がリアルに描き出される。のちに意外な結末を迎えることになるふたりはTとM。


Tはマイペースのお嬢さんタイプで男子学生に人気があった。大学を出たあと、大手有名家電メーカーにコネで就職した。女性の職能は「花嫁候補」、仕事は「腰かけ」とされていた時代である。Tはそれでいいと思っていた。自分は家庭的だし結婚向きだ。だから3年もたたぬうちにハイスペックな男性と結婚した。永久就職だ。


結婚式場の「新婦友人」席で、Mは親友のTを不思議な感覚で見ていた。こうやって人はからめとられていく。小さな貿易会社に就職して、自分はやっと人生が始まったばかりなのに、Tはもう人生を下りて家庭に入るのか。


こうして別々の道を歩みはじめたふたりが再び接点をもったのは30代の半ばだった。幸せそうだったTは離婚していたのである。


ああでもないこうでもないと想像をめぐらす作家の創作現場と、その結果生み出されたTとMという人物がひとつの世界で共存し、交錯さえするのが本書の魅力。


話を劇的なほうへ、物語的なほうへともっていきたくなる〈エンターテインメント作家の性〉を超えて彼女は考える。〈人は、意外に「気分」で死ぬ。/発作的に。衝動的に。なんとなく〉〈おのれが死を選んだ理由を、その本人も最後までよく分かっていないこともあるのではないだろうか〉。


恩田陸がデビューして、やがて30年。旺盛な筆力で多くの読者を魅了しつづけてきた作家の70作目の作品。探偵でも警察でもなく小説家が想像した女性ふたりの「死の真相」は静かで平凡で、それだけによけいリアルで哀しい。

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恩田 陸『六番目の小夜子』

六番目の小夜子

恩田 陸

新潮文庫 ¥649

3年に一度、「サヨコ」と呼ばれる生徒が選ばれる奇妙な伝統のある高校。今年はその年だったが、津村沙世子という女生徒が転入してきて事態は混沌としはじめる。’91年の日本ファンタジーノベル大賞・最終選考に残った記念すべきデビュー作。

恩田 陸『文藝別冊 恩田陸 白の劇場』

文藝別冊 恩田陸 白の劇場

KAWADEムック 

河出書房新社 ¥1,540

『灰の劇場』と同時に発売された「オールアバウト恩田陸」と呼ぶべき作家ガイド。恩田陸と桐野夏生の対談あり、多彩な論者のエッセーあり、全70冊の紹介あり。『灰の劇場』に登場する記事は本物で、作者が気にしていたのは実話らしい。

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