料理ひとすじに50年。斉風瑞さんの半生とお客さまへの思い

青山の人気中華風家庭料理『ふーみん』を70歳で勇退。一日1組のダイニング『斉』を開いた斉風瑞さん。人気メニューの誕生エピソードや、現在の活動、“食べる人への思い”について語ってくれた。

まじめに、料理ひとすじに50年。ずっとこの仕事を続けていたい

斉風瑞さん
斉さんが料理をするようになったのは中学生のころ。台湾出身の両親のもとに一男四女の長女として生まれ、仕事で多忙な母のかわりに家族の食事やお弁当を作ったのが最初だった。だが、職業として志したのは、なんと美容師(!)。ハリウッド美容専門学校でインターン生として研修に明け暮れた。

「当時、女性が“自分の城”をもてる職業のひとつが美容師だったの。ところが、ある日家に遊びにきた友人たちにお料理を振る舞ったら、『おいしい!私たちだけで食べるのはもったいないわね』とほめられて。それでお店を開こうと思ったんです」。そして25歳のときに青山の“キラー通り”に『中華風家庭料理 ふーみん』をオープン。

「でも、これが素人料理でね(笑)。ありがたいことに、お店の近くにはアパレル会社やデザイン事務所がたくさんあって、クリエイターのかたがたがお店に来てくださったの。その中には和田誠さんもいらして、ねぎそばをお出ししたときに、『おいしいね。これをワンタンでやってみたら?』とアドバイスをくださって。それが人気メニューのひとつにもなりました。クリエイターの皆さんは、夜遅くに来店することが多くて、なすのにんにく炒めや干し大根入りの卵焼きなど、素朴な家庭料理を好まれましたね。また、『今日はこんなものが食べたい』などのリクエストも多かった。思えば、私の料理はお客さまに育てていただいたようなものね。今は、感謝しかありません」

“私を育ててくれたのはお客さま。パワーの源ね。”

その後、’86年に現在の表参道のお店に移転。ランチ営業を始めたことで、店は多忙を極めた。
「ランチは日替わり。お客さまが毎日いらしても飽きないよう、メニューは毎日変えていました」と、ただゲストが満足してくれることだけを第一に考えていた斉さん。日々料理を作り、小柄な体で大きな中華鍋を振る毎日が続く中、腱鞘炎になってしまったという。

「人気メニューのガーリック炒飯は、手首への負担が大きくて、“幻のメニュー”に。炒飯に一瞬お酒をふるんですが、するとなぜか急に鍋が重たく感じられて。ああ、これはもう作れないなぁ……と泣く泣く封印しました」。とはいえ、「料理の仕事を続けたい」という気持ちは強くなるばかり。「今の自分が無理なく、自分らしさを生かしたお店を」という思いが勇退を決断させ、『斉』につながった。

現在、斉さんが心がけるのは、素材をむだなく使い、本来の味を生かした“心と体に優しい料理”。油は、匂いがなく、炒め物がすっきりと仕上がる米油中心に変え、野菜をたっぷりと使ったメニューを考案。ひき肉で作る「肉だし」も『ふーみん』を卒業してから考えたレシピ。脂分が少なく、最後まで飲み干せるヘルシーさが魅力だ。斉さんはいう。
「料理が変わったのは、キッチンの火力によるところも大きいですね。中国料理は強い火力が必要ですが、ここはマンションなので火力は一般家庭と同じ。このキッチンでおいしい料理を作る手立てをいつも考えていました」

また、斉さんの“食べる人への思い”が伝わるのが、通称“季節のメモノート”。ゲストに出した料理を細かく記録し、次の来訪時、同じ料理になることがないように気をつけているという。
「毎回、初めての料理が出るとうれしいでしょ? お客さまが『わぁっ』と喜んでくださる。その笑顔が大好きなだけなんです」
斉風瑞さんのメモ
近年は、料理教室に講師として招かれたり、生徒としてフレンチの料理教室に通って刺激を受けたりと、多岐にわたる活動を楽しんでいるという斉さん。料理を通じて多くの人々に出会えるのがうれしいと微笑む。
「私はまじめなのだけが取り柄で。仕事は手を抜かず、精一杯やってきました。だから、お客さまをはじめ、多くのかたがたとの出会いは、まじめにやってきた私への神さまからのご褒美のような気がして(笑)。健康でいられるかぎり、この仕事は続けたいですね」

素材を切る。料理を盛りつける。てきぱきと動く斉さんの手は小さく、ふっくらとして、その動きを見るだけでなぜか心が和む。斉さんの料理をいただくと優しい気持ちになるのは、きっとその手から“ふーみんママ”の温かな思いが鍋の中に伝わるからなのだろう。
斉風瑞

斉風瑞

さい ふうみ●東京・表参道の『中華風家庭料理 ふーみん』オーナーシェフとして45年間厨房に立つ。70歳をきっかけに勇退し、出張料理人などを経て’21年に一日1組のダイニング『斉』をオープン。近著に『ふーみんさんの台湾50年レシピ』(小学館)。
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