SNS時代の生きづらさを描く『セルフィの死』ほか2冊【斎藤美奈子のオトナの文藝部】

今話題の本を文芸評論家・斎藤美奈子さんがご紹介。今回は、本谷有希子さんの最新長編『セルフィの死』のほか、同著者の『異類婚姻譚』、SNSの時代に警鐘を鳴らす『「承認欲求」の呪縛』をピックアップ。

『セルフィの死』

『 セルフィの死 』

SNS時代の生きづらさを鋭い感性でシュールに描く

世はSNS全盛時代。ネット上はキラキラした写真や動画でいっぱいだ。しかし、SNSに実生活が侵食されることはないのだろうか。

本谷有希子『セルフィの死』は、そんなSNS時代の生きづらさを描いた、笑いも引きつる小説である。

主人公のミクルは学生でも社会人でもない20代女性。〈この世は不快な場所だ。この世は不愉快な場所だ〉と思って暮らしている。ネット上で知り合った友人のソラと双子コーデのファッションに身を包み、甘いものは大嫌いなのにホイップクリーム添えのパンケーキをはさんでソラと自撮り写真を撮る。それもこれもフォロワー数を増やしたいから!

セルフィとはズバリ、自撮り写真のこと。彼女は承認欲求に取りつかれ、自我の崩壊に直面しつつある。つまり相当ヤバいのである。ヤバい証拠に〈撮影を始めると、顔が毒々しい色合いのイソギンチャクに変化する〉し、自撮りを注意されると、イソギンチャクはみるみるしぼんで〈パンケーキと撮影できないと死んじゃうんです〉と叫んでしまう。

どんな手を使ってでもフォロワー数を増やしたい彼女は他人の写真を無断盗用して謝罪を要求されたり、行きたくもない原宿で夢カワ系スイーツの行列に並んでみたりするが、何をやってもフォロワーは遅々として増えない。

意識が正常なときの彼女は自分のことをちゃんと客観視できるのだ。〈あの不定期に訪れる、正体不明の焦燥感。私はいつもあの発作に怯え、あの発作に振り回され、あの発作にコントロールされながら生きている〉〈何故私は吐き気がするほど、震えるほど、見知らぬ人間から承認されたいのだろう。アメーバのくせに承認されたいのだろう。(中略)他人からフォローされるような存在になれば、何かがマシになるとでも?〉と。

そんな彼女にもしかし、ついにバズる日がきた。ソラが撮ったミクルの回転寿司爆食動画が「大食い恍惚女子」として人気を博したのである。かくしてソラは自らディレクションしてプロを雇い、都内の映えスポットを回って映えスイーツを食べまくる動画を撮るが……。

本谷有希子の作品は、ゆがんだ自意識が目に見える動植物や異形の者となって現れるのが読みどころ。意に染まぬ撮影中に変化する顔面が「イソギンチャク」なら、ストレスですり減るのは彼女の中の魂ならぬ「玉ねぎ」である。

ミクルの不幸は、皮肉屋で理知的な生身の彼女と、面倒なことは考えないかわいいものとスイーツ好きなSNS上の彼女との乖離が激しすぎたことだろう。だが、SNSで身動きがとれなくなった人は現実にもいるのではと思わせる。

夢にまで見たフォロワーの激増。しかし、彼女の願望は〈もう二度とSNSができない身体にしてほしい〉。

ちょっとシュールでホラーな、でも現代を鋭く切り取った佳編である。

『セルフィの死』

本谷有希子
新潮社 ¥1,870

何がなんでもフォロワーを増やしたい。その一点に命をかけ、自身をコントロールできなくなった20代女子の承認欲求地獄。「フォロワー数0」という言葉を思い浮かべただけでパニックにおそわれる。過剰な自意識がじゃまをしてリアルな人間関係が結べない。章タイトルになっている「4930」「4968」「4988」などの数字はどうやら彼女のインスタグラムのフォロワー数らしい。ひょんなことからバズったあとの数字は「123000」。それでも承認欲求が満たされない彼女の行く末は!

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『異類婚姻譚』

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愚にもつかないテレビやゲームにかまけて家ではグウタラすごし、体がだるいといっては会社を早退する夫。ある日、気づくと夫の顔の目鼻が下にずり落ちていた! そんな夫婦の生態を描いた表題作をはじめ4作を収めた’16年の芥川賞受賞作。寓話と現実の境界線上を行く作風がたまらない。

『「承認欲求」の呪縛』

『「 承認欲求」の呪縛 』

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文芸評論家・斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『忖度しません』『挑発する少女小説』『出世と恋愛』『あなたの代わりに読みました』ほか著書多数。最新刊は『ラスト1行でわかる名作300選』(中央公論新社)。
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