一洋さんは21歳のとき、父の下で鮨職人の道を歩みはじめた。真の修業は父が亡くなったあとからだと話す。6年前のことだ。自分の鮨をにぎりたい。その一心でいろんな人を訪ねる。先輩鮨職人、漁師、杜氏、他ジャンルの料理人……。魚の長期熟成にも挑んだし、酢めしを4種作り分けた時期もあった。まさに試行錯誤。2年前、宮崎の伝統野菜・黒皮かぼちゃに出会う。砂糖でなく野菜の甘味を利用した酢めしにはその前からトライしていたが、黒皮かぼちゃの煮汁で炊いたところ、ぴたりときた。酢めしが決まった。同時に魚の長熟はきっぱりやめる。「自然な甘味のシャリに対し、熟成魚は強すぎる。口に入れた瞬間のインパクトより、10 貫食べても疲れない鮨を目ざしていこう、と」
そのころ、他店に修業に出ていた一光さんが本格的に店に加わる。修業先は横浜のイタリア料理店。そこで一光さんはイタリアを中心とする自然派と呼ばれるワインに出会う。白も赤も、フレッシュなものも熟成感のあるものも、等しく体にしみ渡るような飲み心地に驚いた。鮨屋といえばお決まりなグランヴァンでなく、自分がおいしいと感じるワインを推していこう。そう決意する。サービスのプロとして。それらのワインは、奇しくも兄のたどりついたにぎりと同じ方向を向いていた。
『一心鮨 光洋』はワインペアリングが楽しめる稀有(けう)な鮨屋だ。朝、一洋さんから仕入れと仕込みを聞き、一光さんがワインを考える。酢めしが決まってから、一洋さんは仕込みの方法をすべて一から見直した。県外からのゲストも増えたが、まだまだ攻めの姿勢をくずさない。ここだけの味、時間を、兄弟でさらに突き詰めようとしている。