国際結婚や国境を超えた恋愛を描いた小説はままあれど、その背後に潜む制度の問題にまで踏み込んだ作品は……これまでにあったかな。中島京子『やさしい猫』は、あるファミリーを題材に、日本の入国管理制度の理不尽さを静かに告発した小説だ。
語り手の「わたし」ことマヤはそのころ小学3年生だった。3歳で父を亡くし、小さなアパートで母とふたりで暮らしてきた。
母のミユキは保育士だ。その母が震災のボランティアに赴いた東北で、やはりボランティアに来ていたひとりの若い男性と知りあった。スリランカ出身の「クマさん」ことクマラ。ミユキの8歳下で自動車の整備工である。18歳で来日し、日本語学校と専門学校で学んだあと、就職したという。
1年後にふたりは再会。マヤも含めた3人はしだいに距離を縮めていく。ミユキが緊急入院した際マヤの面倒を見てくれたのもクマさんで、母娘と外国から来た青年はひとつ屋根の下で家族のように暮らしはじめる。出会って6年、マヤが中学3年になった’17年12月、2人は婚姻届を出した。
ところが思わぬ事件が3人をおそう。9月に在留期間が切れていたため、クマさんが品川の東京入国管理局に収容されたのだ。このままではスリランカに強制送還されてしまう。なんで~!? 家族3人で暮らしたいという素朴な願いがなぜかなえられないの?
ミユキもマヤもよくわかっていなかったのだ。在留期限を過ぎたオーバーステイの外国人は退去強制処分となり、5年間は再入国できないこと。帰国を拒めば入管の施設に収容されて、自由を奪われること。一時帰宅を求める仮放免申請を出しても、いつ入管を出られるかわからないこと。
こういうことって、わが身にふりかかってこないと、ほんと、わからない。ミユキと婚姻届を出したクマさんは「配偶者ビザ」を取得し、永住資格を得られたはずだった。しかし入管の審理官は冷たく言い放った。〈彼がオーバーステイになってから結婚してる。配偶者ビザを彼にあげようと思ったんじゃないの?〉。偽装結婚だろうというのである。
その日から、母と娘の戦いが始まった。入管に通ってクマさんを励まし、仮放免の申請をし、勝率1%とされる不服申し立て裁判のために弁護士と相談し……。
マヤと親しくなった、クルド難民を両親にもつ少年はいう。
〈オレはいろいろ知ってるけど、言わない。だって、マヤ、父ちゃんのことが心配になっちゃうだろ。オレは兄貴や親父が収容されたとき、心配で気が狂いそうだった〉
果たして3人はもとの平穏な日常を取り戻すことができるのか。スリリングな法定闘争を含むラストまで目が離せない。