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【作家・桐野夏生さんインタビュー《後編》】書く原動力は“怒り”。桐野夏生さんの最新作から話題の過去作まで
「他人(ひと)事ではない」と痛感させられる社会問題を取り上げて、ニュースやネットの情報だけではわからない現実を虚構の世界で見せてきた作家・桐野夏生さん。骨太な作品を書き続ける原動力はどこにあるのだろうか。
【作家・桐野夏生さんインタビュー《前編》】最新作のテーマは“代理母”。桐野さんが“女と社会”にこだわる理由
国内では認められていない代理母出産が現実に!?
コロナ禍の今、弱者がますます追いつめられていることが問題視されているが、桐野夏生さんが最新作『燕は戻ってこない』で軸にしたのも女性の貧困。それゆえ代理母を引き受けた主人公を通して格差や倫理を超えるものを描き、「あなたならどうする?」と迫ってくる。
「この四、五十年、私はずっと女としての生き方を考えてきました。そんな中で特に変化を感じたのが生殖医療。子供を産む・産まないという選択だけでなく、産めない人が子供をもつことや、男でも女でも他人の生殖にかかわることがありえるようになりました。だったら貧困から抜け出せない日本の女性が卵子を提供したり、代理母になったりする可能性もあるなと思ったんです。ただ生殖医療の研究者の話によると、ボランティア精神から卵子を提供したアメリカの女性が不妊症になった例もあるのだとか。そんなに危険なのに卵子提供や代理母は許されるのか、搾取じゃないのか、ビジネスとして換算できるのか。いろいろな疑問がわき上がってきて、小説で問題提起できればと思いました」
本作の主人公は大石理紀(リキ)。北海道の小さな町で生まれ育ち、介護ホームに勤めて200万円ためて上京したものの、資格もコネもない短大卒の彼女に就けるのは非正規の職で、貯金もゼロ。男運もなく、30歳を前に将来への不安が募ったリキは、友人に「エッグドナー(卵子提供)のバイトをしてみないか」と誘われて生殖医療専門クリニックを訪れる。すると報酬が多い代理母を提案され……。
「リキみたいに生活が苦しい女の人はいっぱいいると思います。東京でひとり暮らしという点は同じでも、実家が東京にある人と地方から出てきた人とでは厳しさが違う。生まれる場所を選べないのに、それによって有利・不利が決まるなんてすごくアンフェアです。最近親ガチャという言葉をよく聞きますが、地域ガチャもありえますよね」
何もかもランクづけしていいのが資本主義の世の中なのか
そんなリキに代理母を依頼するのが、草桶基・悠子夫妻。基はかつて女性に絶大な人気があったバレエダンサーで43歳。イラストレーターの悠子は44歳。悠子は初婚だが基は再婚で妊活開始が遅かったため、悠子の体は妊娠が困難に。子供をあきらめきれない基が言いだし、危惧を感じながらも悠子も承知したのが代理母という方法だったのだ。
「リキが中心の話ですが、なぜ草桶夫婦がそこまで自分本位になれるのかについてもずいぶん考えました。職業を継がせたい、財産を直系の子孫に残したい、子供がいないと夫婦の不全感をぬぐえない、遺伝子の優秀さを子供で確認したい……いろいろな理由があるからこそ不妊治療をする人が多いのだろうし、どの理由も非難しきれないと思いましたね」
物語はリキが迷ったあげく代理母になることを承知し、妊娠がわかったあたりから意外な展開を見せる。子供という存在を実感した3人の変化にさまざまな意見が飛び交うであろう小説だが、桐野さんが今回特に感じたのは、原稿を見直すたびに変更個所が生じるほど速い生殖医療の進歩。そしてそこから生まれる、人間の果てしない願望だった。
「基は卵子を値踏みして悠子に非難されますが、彼は“この資本主義の世の中は、すべてランクづけされるのが宿命じゃないか。(中略)食べログ見てみ”と言い返す。もちろん生殖に格づけを応用するのは差別ですが、実際はすでにそうなっている。卵子でも精子でも、高学歴の人や容姿がすぐれた人のものは高値で取り引きされている。精子の動きを見比べて選ぶ女の人もいるそうです。現実はもう倫理とは違うところにいっちゃっている…それを知って、人間って本当に露骨でおそろしいと思いましたね」
(インタビュー《後編》へ続く)
桐野夏生さんの最新作
『燕は戻ってこない』
桐野夏生 集英社 ¥2,090
派遣で病院事務をしているリキは、お金がなくてみじめな毎日から解放されたいと、多額の報酬がもらえる代理母を引き受ける。慎重に生きてきた孤独なリキの迷いながらの選択について考えさせられる長編小説。
桐野夏生
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