近代日本女性の志に感動必至の歴史小説『らんたん』【斎藤美奈子のオトナの文藝部】

アラフィー女性へのおすすめ本を文芸評論家・斎藤美奈子さんがピックアップ。今回は、女子教育界に大きな足跡を残したふたりの女性を中心に、明治、大正、昭和を描いた歴史小説『らんたん』ほか2冊をご紹介。
斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『名作うしろ読み』『ニッポン沈没』『文庫解説ワンダーランド』『中古典のすすめ』『忖度しません』ほか著書多数。近著に『挑発する少女小説』(河出新書)。
『 田辺聖子 十八歳の日の記録 』

『らんたん』
柚木麻子 小学館 ¥1,980
主人公のふたりもさることながら、津田梅子と大山捨松、村岡花子と柳原白蓮など、作中には熱いシスターフッドで結ばれた何組もの女性が登場。若き日の平塚らいてう、市川房枝、神近市子、山川菊栄らもからんで、さながら近代女性史のオールスター・キャストで構成された大河ドラマのよう。作者は恵泉女学園の卒業生。徳冨蘆花や有島武郎など、同時代の男性作家をチクリと批評したくだりもおもしろい。

明治、大正、昭和にわたる女子教育界を描いた大河小説

本の帯には〈女が手を取り合えば、男はいつか戦争ができなくなる〉という気になるキャッチフレーズが!

柚木麻子『らんたん』は女子教育界に大きな足跡を残した河井道と道を助けた渡辺ゆり、ふたりの女性を中心に、明治、大正、昭和を描いた歴史小説だ。

河井道は1877年、代々伊勢神宮の神職を務める家に生まれるも、一家で移住した北海道でキリスト教に出会って受洗。米国留学後、女子英学塾(現・津田塾大学)で教鞭をとるなどし、のちに恵泉女学園を創設した人物である。

渡辺ゆりは道の11歳下。ふたりの関係は特別だった。なにしろ彼女は自らの結婚に際し、相手にひとつの条件を出すのである。

〈私、河井道先生とシスターフッドの関係にあります。女子英学塾時代の恩師でもあり、親友でもある女性です。結婚しても、これまでどおり、彼女との仲を維持していけるのであれば、お申し込みを承諾します。彼女と一緒に理想の女学校を作り、生涯をともにすることが私の夢なんです〉

時に、ゆりは38歳、結婚相手の一色乕児(とらじ)は51歳、そして道は49歳。シスターフッドとは? という乕児の問いにゆりは答える。

〈イエス・キリストのもとに集う姉妹、つまりは血縁関係を持たない女性同士の絆を指します〉。自分たちは、いいことも悪いこともシェアしてきた。〈私と家族になるのであれば、道先生も家族ということになります〉。

そっか、友だちよりも恋人よりも強い結びつきってことですね。いったい何ゆえそこまで深い信頼を築くことができたのか。物語は道とゆり、それぞれの少女時代から女子教育に夢をかけるまでの日々をていねいに追ってゆく。

その過程で登場する人々の名前がすごい。道が北海道で出会い、生涯にわたって大きな影響を受けるのは新渡戸稲造。新渡戸の紹介で知り合った、もうひとりの師は津田梅子。梅子は道に自身が卒業したブリンマー大学に伝わる「ランターン」という儀式を教えた。

〈上級生が下級生に、一人が一人に一つずつ、ランターンと呼ばれる灯籠を継承するの。そうすると、学生の数だけ灯りがともって、暗い講堂が光の海になるの〉

一方のゆりは、女子英学塾で道に教えられた。〈光はシェアしなければ。光を独り占めしていては、社会は暗いままですわ〉。

1929年、道が創設した恵泉女学園は、このころの教え子たちの「小さき弟子の群」の尽力でできた学校だった。しかし時代は徐徐に軍国主義へ向かい……。

近代日本の女性たちの、想像以上の国際性と高い志に、改めて感動することしきり。シスターフッドの本当の意味をあなたは知ることになるはずだ。

あわせて読みたい!

『 私の大阪八景 』

『明治乙女物語』
滝沢志郎 文春文庫 ¥880
鹿鳴館時代の高等女子師範学校で起きた爆弾テロ事件。危機一髪で爆発を食い止めたのは女高師3年の野原咲だった。1年後輩の駒井夏はさっそうとした咲に憧れていたが……。まさにシスターフッドで結ばれた女学生ふたりの青春を描いた’17年の松本清張賞受賞作。

『 アンネの日記 増補新訂版 』

『白光』
朝井まかて 文藝春秋 ¥1,980
明治の日本はキリスト教文化との親和性が意外に高かった。こちらはロシア正教会で西洋画に出会い、ロシアに留学して日本初のイコン画家となった山下りんの伝記小説。ニコライ堂で有名なニコライ師が重要な役割を担うなど、米国留学系の女子小説とはまた違った味わい。

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